2014年12月28日日曜日

1万人の第九とか山本直純氏の企画ですよね?

山本直純のオーケストラがやってきた!がDVDになっていたのを最近見つけた。
本当に80年代よりそういう情報が全くつかめなくて困ります。
著名なオケが来日しても最近は全くわかりません。後で気が付いてから”えーーー!”
ということが多々で・・まあそれはおいといて。
尊敬すべきものを今見れることは非常に生きていて良かった。いろいろ勉強になります。
+今夜は最高・・山本直純の回、ゲスト?泰葉氏で不良の音楽が嫌いな私はその辺りは
ノーマークでしたがさすが爆笑王のご子息!血を引いたうちで一番できるのでは・・
斉藤太郎の思いっきりテレビに出ていたと思いますが(いいとものウラは大変でしたでしょうが
あとは歴史です。)山本コータロー氏とともに気が付いたら居なくなってあとは一部コーナー担当のみのもんた氏がやってました。(11PMで小島正雄氏(楽器であそぼうピーナッツ現存するキネコタイトルバックのみカラービデオ(ビデオになっています。))がやっていたのですが急に亡くなられて大橋巨泉氏も一部のコーナーからという記憶があります。)
今夜は最高のこの回もバカと教養の中間みたいな非常に良い回でした。
さてオーケストラがやってきたですが、音楽の楽しさを求めるなら是非とも手元に・・・




SONYの2インチVTR”PV-120U”の修理を頼まれた。 写真は場所が場所だけに載せられません。
何度か見ましたがさすが業務機でメンテしやすいように作ってあり重さは分からないが前に”PV-100”を見たときは重くて動かすだけで疲れるので少し遠いが見せてもらいに行きました。
”PV-120U”は”PV-100”と同一の筐体っぽいので互換性がある様な気がしますが・・・・
(同時に2機種有った場を見たこと無いのでなんとも・・)違いは音声が2チャンネルになっているようで、音声ヘッドを見ると主映像ヘッドと垂直同期信号部分を記録するトラックの間にもうひとつのトラックで音声を記録しているようです。



鉄道の脱線試験のフィルムの中の3:11あたりにPV-120Uとソニーのスイッチャー、ワイプ、モニタ(真ん中のSONYのロゴが無いのですがCVM-20型番は20でも19型モニタ)と一緒に稼動状態の絵が見れます。

2014年12月24日水曜日

今もやっているかどうかわからないが1975年のゆく年くる年が見たくなってやっと探し出した。
この年は蒸気機関車がなくなるということで?(ほんとかよ)機関車を並べての生放送で
汽笛とオケで蛍の光を演奏するという今の連中じゃ思いつかないような凄い企画。
ちなみに指揮は山本直純氏
当然こういうのは日本テレビ製作で前のテレビのツリーと同じように違う感覚をくすぐるところ
が非常ににくい。
72年くらいからUマチックで紅白を録っていたという話を良く聞くが、全部録ろうとすると
歌を切らないように歌と歌の間にテープを交換するので1時間のテープが3本必要となる。
貨幣の価値は置いておいてもSONYのCVもUマチックも1時間定価が1万円。
まだ一般に普及する前夜です。次の年の紅白からベータが使える時代でした。






2014年12月22日月曜日

カメラに金かけるのは良く聞くが光源に凝る話はあまり聞かないな。

トランジットの為に夜立ち寄った国でクリスマスツリーのモニュメントらしいのだが
夜は点灯していて華やかに見えてぼちぼちそういう国でも店頭の隅から消えつつあるブラウン管型テレビが寂しさも手伝って思い出深い創作物だなと思って飛行機に乗る前に再度見に行ったのだが明るいとゴミ山にしか見えなくてがっかり。近寄ってみるとPANASONIC、AIWA、MITUBISHI、HITACH、SONY、JVC、TOSHIBA 、SHARP etc 見慣れたブランドが満載・・・
このころは凄かったなと思いつつブラウン管テレビと共に終わるメーカーもありでやはり寂しいところです。
たまたま外からかなり古いPANASONICのテレビが置いてある飯屋(日本でも70年代からテレビはナショナル、PANASONICと書いてあったので違和感は無かった。)があり食べる気もないのに
テレビ見たさで入っていってテレビのウラまで見せて頂いた。トランジスタ型のブラウン管が16型で
SECAMとPALの切り替えが付いていた。製造後40年は立っていると思うが営業用でまだ稼動しているのには驚かされる。PANANONICは1956年より日本からテレビを輸出して1961年には現地で乾電池の生産その後テレビも現地生産に切り替えたようです。
 ぜいたく品以外に理由として国内の産業が育たなくなるということで関税がかけられ国内の
産業が保護するというのは国の基本運営マニュアル?みたいのにあるのかないのか分からないが
・・・輸入品は現地の価格でとんでもない価格になっている+ということで日本には入ってこれなかった為に国内の産業が保護されたり(過保護にされてどうにもならない産業も多々ある。)これがよくも悪くも働き今があるのだが・・・・
 海外ブランドのオーディオでターンテーブルだけとか(BSR、DUAL、GARRADE、JOBO(これは今見ないなあ))は日本に大量に入ってきて国内メーカーのセットに組み込まれているのを良く見かけたが部品扱いだと関税が安かったのかな?


2014年12月10日水曜日

VESTAX VRX-2000


最近は廉価なVIDEOスイッチャーとか作っていたので新しい活路を見出したかに思えていたのだが
残念ながらVESTAXもお亡くなりになりました。
始めてこのブランドを知ったのが立派なカセットの8chのMTRとかを出していてその後は
DJ用のターンテーブルの双璧(TECHNICSとね)で16回転から78回転まで出せるプレーヤーとか
ダイナミックバランス型のアームもったのとか(これはうる覚えです。)極めつけはこのカッティングマシンVRX-2000知ったときは即買いに行きましたよ。(ただおいそれと売ってくれる価格と物ではなくて一応講習会みたいのがありました。)たしか渋谷のマルイまでいってそこではなくてPACOというアンテナショップを紹介されて2度ほど通って?売って頂く事に・・・・
話を聞くと冗談で(”冗談”は悪気はないです。わしの表現力の無さです。)展示会に出したら評判
が良いとのことで急遽生産に踏み切ったとか・・ただいろいろ未完成な部分があり使う者のある程度の創意工夫が無ければ難しい機械でした。
でもこの機械を発売する意味は十分にあったと思いますし、私部性がこの情報を掴んで即買いにいったくらい欲しいと思っていた商品でした。
そしてカッティングマシンの情報は後にシングル盤用をもう少し廉価でだせないかな?という記事を今際無き秋葉原センターの本屋で
立ち読みしたのが最後でした。

あとカッティングヘッドのボイスコイルぶっ飛ばしても針を飛ばしまくっても、いろいろ面倒をみてくれたり、東洋化成のカッティングルーム(ノイマンの機械で切っているところを見せていただきました。おかげでVRX-2000の改良点が明白になりました。)からプレス工場まで招待して頂いて本当にありがとうございました。


2014年12月2日火曜日

朝7:00にSANYOの3点セパレートのプレーヤーの修理を頼まれた。
若いバンドマンに頼まれてはまあできるだけ早く片付けるということで・・・
プラスチックの筐体に良くあるタイプの製品で前に見たのが40年前で
アンプはドライバーがシリコンでパワー部がゲルマで1W以下だと思います。
(写真も控えも何も取り忘れました。)
.ガリもなくカートリッジも生きていてモーターをばらして組み上げただけで動作しました。
SANYO(OTTO)は家電イメージが離れられなかったのとメディアの扱いの問題もあるが
あまり良い話は聞かなかった。私の中ではピックアップが戻るとアイドラがモーター軸(キャプスタン?)から離れてアイドラを保護する機構があったり、ステレオラジオ(AMラジオにレコード用のステレオ分のアンプが内臓されたもの)に球を節約するためにレコード時はラジオ部の球を使って
ステレオアンプとするうまい回路を使っていたり(左右でのアンプ構造は違うのだけど気にしない。)
マルチアンプ付の3点ステレオは専業メーカーより良い音を出していたり、あとブラインドテストで
他社の高価な機種を抜いて廉価なSANYO製アンプが選ばれてしまったり・・・ということもあったり。
(3Dステレオを2台のアンプ、出力トランス3台使っていたのもあったな。)



2014年11月28日金曜日

作曲家の越部信義氏がお亡くなりになりました。
春先に東芝の岩井氏そしてコロムビアの越部信義氏は児童物など運動会物とかは私の中では
双璧でした。すぐに思いつくのはタツノコのマッハGOGOGOで最初のドラムがオリジナルはカッコいいです。(権利関係の問題化定番のコロムビアがカバーバージョンでステレオで音質は良いので素すが肝心要の最初のドラムが残念です。そういえばタツノコで谷啓のグズラもコロムビアはカバーでした。(朝日ソノラマはオリジナルです。)ソノシートはOKだがレコードは権利がかぶるので不可ということでしょう。元々ソノシートは本屋流通でレコードとは流通経路が違うので当時は別のものとして扱われていたようです。(本屋とレコード屋の店舗数は10倍以上の開きがあった。))
マッハGOGOGOはたしかライノから出ていたオムニバスにメロが同じでリズムが70年代ぽく軽くなったものが収録されていました。(中には無視してオリジナルに差し替えられたものも多々あります。(反対に日本もとんでもないものに差し替えた(良い意味で)ものもあります。まあこれはこれで・・・))
元々三木鶏朗人脈の方だと思いますが何か分かりましたらお伝えいたします。

2014年11月25日火曜日

卓上モジュラーステレオが片方のチャンネルが音が出ない。テープ用の録音出力は生きているのでその後のブロックに問題があるのだが、この機種は時代的にゲルマの石なので部品探すのがめんどくさい。最悪LM380とかでアンプを作ったほうが楽かな?(他に良いICが沢山あるのだが
SLEEPスイッチ付きなのでアームを動かすとアンプの電源が連動して入るとボッていうポップノイズが最高!(スピーカーには悪いが・・)初期のトランジスタアンプはこういうもの!)


パワーアンプ部が初段2SB173でドライバートランスで2SB481のプッシュプルで2W程度の出力を得ている。
結局アンプは異常無し、ヘッドフォンジャック周りも大丈夫でスピーカー端子(RCA)の接触が悪かっただけだった。

くたびれました。



前にCDコンポでラジオの感度及び選択度が悪くて聴けなかったがこの機種はアンテナ無しで
FMステレオもAMもちゃんと聴ける。ここで唯一のFMステレオ受信機ですが・・・聞くものがないですね一昔前はFMの番組表付きの雑誌(FMファン、FMレコパル)が有ってチェックしていた時代もあったが、今は床屋で拷問に使われるくらいで残念です。

2014年11月14日金曜日

新幹線で東京にいくと品川近くで”SONY”と書いてあるビルが見えていたが
残念ながら無くなってしまうそうだ。ビル街から登ったソニー博物館までがソニー街だったが
今後どうなるのだろうか心配だがこういう話ばかりだと辛いものです。

さて芸人の杉兵助を始めてみたのは今年終わった(早いもので今年の春でした。)いい友のコーナーでアニキと一緒にでていたのが最初で当時何故いいともに?(それほど私の中でイケていた。)
たしかに面白いのだが、当時すでに老人で何故今頃?というのが有って今まで放置になっていたのだがネットで調べているとコント赤信号にぶつかった。信憑性は高いが(何で?)”名人劇場で・・とあると世に出たきっかけは”てなもんや三度笠”の澤田隆治人脈からが最初ではと思われる。
面白い、良いと思ったものを変な会議(おともだち関係とか金銭の問題)以外で紹介してくれるメディア及び本人の思い込み(当然リスク有りで何にも考えていないバカは除外です。)そういう人が作った番組とかを見れる環境及び時代はよかったなあ。
あとわしも頑張らなければいけません。

2014年11月11日火曜日

題名のない音楽会



宮川先生の回を見たが30年近く前の放映分だが見るたびに新たな発見がある。
もっと勉強しないと・・・
”今夜は最高”の昭和任侠伝(斉藤晴彦の回)が出てきた。
バラエティの良いお手本(少し下品でしたが・・・)1本丸ごと無駄なところが無しでテンポは良いし
さすがシャボン玉をお手本にしたと思わる尊敬できる番組です。
当時気になったゲストの回し録画していなかったので生きているうちにCSあたりでリピートして
頂けるとと最高です。
(早いところ放送しないと、わしらそんなに生きていられません。)

あとステレオのデッキで録画(ノーマル音声のVHS)で録画したので見られる(聞ける)デッキが
限られます。(※プロ機は3倍が使えない機器しかないので省きます。特機?と呼ばれたもの
         NATIONALの初代機はデザインがちょっと違って角型のビデオ端子がついて
         いたのを見たこと有りますが、機器の色が違う以外良く分かりませんと
         HIFI以後は省きます。)

ナショナル  NV-8000   ナショナル初の3倍搭載機、初のフェザータッチで特殊再生は仲本工事の
               CMと同じです。
               ステレオだがテレビを録画するには音声多重アダプタが必要
                 NV-3700   ピクチャーサーチ(他社の登録商標?)ができるようになった。
        NV-10000 G4ピエゾヘッドでノイズレスの特殊再生ができた。
               あとフロントローディング。
               (ヘッド周りに高電圧注意の断り書きが・・・倉庫で土に・・・)
ビクター   HR-3750 標準モード専用のこの機種と3倍付きのモノ機と分けて発売されたので
               3倍とステレオが欲しいというのは出来なかったので選択は大変
               だったのでは・・・(家では調子が良いのだがスタジオに持っていって
               まともに動作した為しがない。)
               操作レバーの感触はSONYのSLシリーズより良いです。
               例えばカセットで他社の機器はボタン押すとバイーンとかがちゃがちゃ
               いって気持ち悪いのだがさすがソニーはスーと押せる。
               当時は気になりませんでしたが、衰えてきているので重いボタン、
               スイッチは堪えます。1モーターの1軸のレバーが重くなる昔に戻って
               いくのは辛いところです。フェザータッチ最高です。
        HR-2650 ポータブル機、フェザータッチで下記の機とデザインが似ています。
               こちらは3倍速が出来る以外同じだと思いました。
        HR-7650 3倍で音ゆれも気にならず発色も良くあと顔もよいので稼動期間は
               長かったです。
               フロントローディングでリモコン別売で17000くらいだったと・・
               フェザータッチ(死後)だがここくらいまでメカの差動音がでかく
               予約で動き出すとビックリします。NATIONALのNV-800を横目に
               ビクターのHR-D725が出るまでこの機でがメインでした。
               HR-D725は1年近く待った機器でしたがつなぎ録りの精度が悪く
               編集点が23コマ前にずれるの困り
               HR-7650では当たり前のことが出来なくて何度も修理に出しましたが
               最後には民生機だから・・といわれてしょうがないので23コマ先に送って
               録画モードに切り替えて使っていました。リアルタイムでCMカットとかして              いたのでまあよく失敗しなかったものだと・・・・
AKAI     VP-7350 (ここまで保有していた機種を記憶で書いているが、頭の”VP”は自信が
               ない。)HR-2650より発売は早かったと記憶している。ステレオで3倍録画
               でも2ヘッドであと高速サーチなしで特殊再生は3倍のみで標準だと
               画面が真っ暗と一時代前の状態だったがポータブルでステレオ機と
               いうのは貴重だった。AKAIは国内でVHSはこの機とこの機ど同形の
               モノ機あとハイファイ時代に1機種あったが海外販売がメインの為か
               他の機は見たことが無いです。

以下は持っていない機種だが


カタログだけで現物を見たことは無いがSHARPは始めてフロントローディングを採用したあたりで
高級機から廉価機?まですべて音声はステレオ機を3機種(価格によって音声アダプタなしとかわけていた記憶がある。)HITACHIはこれも見たことがあるだけですがHR3750のようなピアノタッチでステレオ機があった。(これは3倍機)

80年中盤まで各社機器の性能の差(つなぎ撮りしたときのつなぎ目の具合とかサーチの画像とかかあと顔)が露骨にあったので中盤まではVHS機は上記のメーカー間のみをずっとうろうろしていましたがその後はビクター、松下じゃなくてもいいや状態でD-VHSがでるまでビクターには戻ってきませんでした。         

2014年11月4日火曜日

完全燃焼60曲!ザ・ピーナッツSP
~ふたりの絆が生んだ奇跡のハーモニー再び~

2014/11/8(土)
よる6:30~8:54

http://www.bs-tbs.co.jp/music_stage/thepeanuts2/


夏に続いてこういう企画はありがたい・・・


某ポータルサイトのニュース欄に鳥が飛んだ程度の音楽関係のニュースが毎日飛び交うのは
見るに耐えない。某所はhttp://ai.yimg.jp/を読み込まないようにすれば左右にと
こんにちは~さんの上の動くうざいのが見えなくなるのでいろいろと良いのだが
さすがにマヌケニュース及び大本営発表は見えないように出来ない・・・
良い話、尊敬できる話とかないもんですかね?






2014年11月1日土曜日

オートプレーヤー、チェンジャー付きレコードプレーヤーは動作を見ているだけで楽しいものだ。
そういうのもあってCDもチェンジャーPIONEERから家庭用100枚チェンジャー、50枚の車載用チェンジャーを珍しさも手伝って購入したが車載用は残念ながら問題がありCDをバリバリ割るプレーヤーに成り下がり処分した。
レコードのオートチェンジャーはSPの電気吹き込み時代くらいから見受けられるがその後日本では市民権を得られないようで、GARRADEのチェンジャー、BSR、DUALを組み込んだものを見かけるがあまり一般的ではなく、1枚がけのオートプレーヤーもしくは戻るのだけ自動のセミオートプレーヤーというものが多数を占めた。生活での音楽の位置が他の国と違うということもあり(レコードが高価というのもあるかな?)音楽を聴くということが儀式であり神聖なものみたいなところ?から
聴くときはステレオの前に鎮座して・・というのがあったのではないかと思うがどうだろう。
今でも皆さんの耳に入るレベルのものを作っているギタリストの先生曰く”米の国には必ず家庭にカントリーのレコードがあるぞ!”日本はどうだろうか?うーん、わしはポールモーリアとかインストものがヒットチャートの一位に上がる国なんでまだ?大丈夫だ!と援護するが・・・うーん。今年ヒットしたのかなと疑問のねずみの国製作映画の曲がスタンダードになりますかねえ?
がんばんないと。

2014年10月30日木曜日

前回の続きで一晩寝てから見なおしたら動いた。
LP以後のプレーヤーではアーム自体に動力が伝わって動くものばかりだが
これはエレベーターを駆使している。アームはアームレストには戻らず(アームレストが普通より高い位置にある)手前でエレベーター上で待機するようになっているようで、あと軽くボタンを1回押せばプレーでもう一回で演奏中止でレコードのサイズ指定すればOKとなっている。


クリスタルカートリッジはこのあたりの時代にしては珍しく生きています。
あとターンテーブルシートにスポンジが張り付けてあって、昭和の時代に
メンテ頼まれたときは確実にぼろぼろでこれをはがすだけで一苦労です。


2014年10月29日水曜日

コンビニにはいるときはヘルメットを脱ごう。

45年ぶりの再会。
人でもなんでもありません。たんなるレコードプレーヤーですが
一番初めに使った・・親のレコードプレーヤーに執着するためにあてがわれた免税プレーヤー
(定価6450円って免税じゃないか?)
がこの型でアームを折るまで使用していました。これの特質すべき点はなんとフルオートプレーヤー(本人はフルオート言う記憶が全くなしなのだが当時父にオートなので勝手に止まると言われていた記憶がありますがせっかちなので自分でやっていたからですかね。)でラジオにつないで使うタイプは他のメーカで見たことがありません。
モーターは回りますがとりあえず分解清掃注油と定番のメンテを・・・・
同時代のプレーヤーは大体モーターのクッションゴムが溶けていて大変なことになっているのですがこれはそういうことも無しであとアイドラもOFFにしていたようでゴットンゴットンと音を出すこともないようです。



さてオート機構ですが国産のオートプレーヤーのメカより部品点数が少ないし
プラスチックのボディにじか付け・・・大体ターンテーブルから動力を頂いて動かす機構はおなじなので分かりますがなにか大多数の機器とは違うところがあってどうやって正常動作するのか分からず
ちょっと考えてしまいます。
今のところオート機構を使うと針を盤にすごい力で押し付けてレコードに穴を開けるマシン状態ですのでクリスタルカートリッジが生きているかどうかはまだ先です。

 


2014年10月28日火曜日

Living Stereo 60cd Collection

海外のレコード屋に薦められたのですが、携帯で調べたら日本で買ったほうが
安いのでなんとか探して買いました。前にも書きましたがこういうものが出ても情報が
ネットでは見つけられないのが辛いところです。前にも書きましたが名古屋にも
良い音楽を薦めてくれたりいろいろ提案してくれるレコード屋があったんですけどね。
今じゃあコンビニ並みのどうでもいいところしか残念ながら・・・
いやコンビにはどうでもよくないっす。さいこうっす。
さて60枚のRCAのボックス90年初頭バブルんときくらいに見直されて
インディーズで日本価格4000円近い価格で復刻されていたときもありましたが
商売になると思いきや本家RCAが復刻してくれてめぼしい曲、楽団、指揮者はでたくさんおひと
そろえたのでこの60枚に随分重複があるのがちょっと残念ですが・・・・
アニメ主題歌なんかダブりまくり1曲欲しいが為に何枚も重複した曲が入っていたりと
オムニバスの辛いところです。
今日めずらしく深夜時間が空いたので1枚目から聴いていました。
ステレオ黎明期なので珍しい音場だったり・・細かいことはまにあの方にお任せしますが

本物のオケはエレキより低いところが聴け(体感かな?)ます。
是非一度うまいオケを聴かれるといろいろ換わります。
そうそう60年代の紅白でバンド紹介でバンドテーマを演奏するだけでゾクゾクします。
そんなかんじ。
1セット持っておいたほうがオーディオセットのチェックの為にも良いかも
あと楽しい音楽だしね。




数枚わしが生まれてからずっと聴いていたのもありました。
日本プレスで比べるとレンジが狭いかな?(盤が安物のプレーヤーでかけたり、乱雑な扱いの為)
でも音が悪いから聴かないとかそういうのはないでしょう?楽しければ・・かっこよければ
音悪くても聴きます。はいれぞなんちゃら・・ソフトがないのに・・・4チャンネルステレオ、3D(VHD、最近のテレビ)DVD-AUDIO等過去の失敗が生かされない状況は昔から変わっていません。

http://www.amazon.co.jp/Living-Stereo-60-CD-Collection/dp/B009J3K4MI

2014年10月26日日曜日

いろいろな方から問い合わせメールをいただくが偽物かわからないが送信所関係から
残っている映像について問い合わせがあった。で若い季節があったことを思い出してキネコを探し
たのだがこの場には見つからずに音だけ抜き出してMOに移したのが見つかった。
確認のためにMOのドライブをどこにしまったか探さないと・・・・
たしか主題歌はレコードのよりテンポが遅く(松の木小唄のようなリズム・・なんていうリズムなんでしょうか?)2コーラスくらいあったような・・・・・

1つ解決せずに新たな作業がスタックに積みあがる・・・


2014年10月25日土曜日

統一1型VTRと統一I型VTR

ネット上ではメーカ、個人、論文当が両方の表記を使ったのが引っかかるが
どちらが正式な名称なのか・・気になったので調べてみた。
正式は”電子機械工業会統一1形VTR規格”となっていた。
今後統一1形に・・・

針が手に入りました。
代理のMCは良いのですが楽しい音(難しいところですがモニタースピーカーとしてのGENELECは(エンジニア(測定器と呼ばれる男)に薦められて・・)確かに位相特性も良く広いレンジで鳴るのでモニターという役目では最良なのですが・・・音楽聴いても楽しくない。そんなわけ分からんこといっちゃいけないんですがね)がMCトランス使ったりヘッドアンプ入れ変えたり負荷抵抗変えたりといろいろやっては見たが、MMの楽しさ?には
かないません。
ということで死ぬまでこのカートリッジで生きます。

2014年10月24日金曜日

統一1型ビデオ以前のカラーオープンリールVTR



SONYのPV系、EV系、VICTOR、NATIONALの1インチ以上のテープを使用工業用以外で
カラー録画できる家庭用VTRはNTSCモデルの現物を見たことはないが(PAL、SECAM機はあるようです。)CV機のテープスピードを上げてカラーヘッドを追加してカラーアダプターを追加するとカラー化できるという話を聞いたことがあるが。商品化されたと思われる最初の家庭用カラーVTRは
VICTORのKV-800(カラーアダプターを追加)ではないかと思われるが白黒VTR以上に情報が少なくよくわかりません。前田武彦がフジテレビ夜のヒットスタジオがカラー化された後に(1969年3月31日)まもなく3代目のVTRとしてオープンリールカラーVTRを保有していたようです。
その番組中にカラー放送が見れない人への配慮が欠けた発言をしたということで
スポーツ紙に取り上げられた。内容は番組中に視聴者に電話をかけ、その人が見ていたら現金をプレゼントするという企画でそのスポーツ紙によると「今私の着ている服の色を言ってください」とたずねたということになっている。今では問題ないが当時はカラーテレビはまだ普及するほどになってないし白黒製作番組がまだ多数を占めていたときなのですが、当然そのような発言はないのだが
・・・記者を納得させる為にそのときのカラービデオを見せて視聴者が誤解したのではないかで話は
終わったのだが・・・・証拠もなにもなく思い込みだけで暴走する体質は今でも根強く残っているのは
こまったもんです。



2014年10月23日木曜日

壁にSONYの60年代中盤時期のオープンリールデッキ、レシーバー、プレーヤー(これはないかな?)をはめ込んだちょっと近未来的なデザインホテル?なるものがあったのを思い出したがそこがどこだか思い出せない。もう無くなったとは思うが・・


なにかと問題ありの中華タブレット、1年くらい使用しているがバッテリーがヘタってきたようで
1時間足らずでバッテリーが空になるので交換しようと思いバラしにかかる。
バッテリーまで簡単に見えるところまでいけたが、コネクターもなにもなく半田で直接・・・・
100Vの機器で電源入れっぱなしで半田付けするようなことはちょっと怖くてさわれません。
仕方ないのでこれは寿命ということで諦めます。
2008年製の携帯でもバッテリーは生きているし、もっと古い10年近く世話になった
LIBRETTOのU100でもバッテリーは中華PADよりもちます。
(ATOM積んでいるのよりCPU早いし、専用DVDドライブつけても小型でカッコよかったので、どの国の人に見せても驚いていました。)
中華タブレットはクワッドコアなので早いと思いきやSONYのデュアルコアより遅かったり・・・
前にも書きましたが80年代後半にNIES商品として国内の販売価格の10分の一くらいで
ステレオラジカセ、白黒、カラーテレビ他が入ってきて家電ルート以外の雑貨屋、ディスカウントストアー、祭事等に並びましたが、魚屋のウラに捨ててある発泡スチロールを溶かして作ったような
(偏見かもしれません。)・・プラモデル(今のは良くなっていると思いますが・・)に部品が付いて
ラジカセを構成していると思ってもらえれば・・・
家でも誰かがステレオラジカセ買ってきたようですが、すぐに壊れて中をばらしたら
確かにスピーカーは2個付いているのですがFM放送以外はステレオで聴けない構造で
当然録音もモノ・・・チューニングは糸かけメカはなしで雑な方法で周波数を示す針?を
動かしていました。あとバリコン直結なので同調しにくいし・・・というころで市場からは
すぐに消えました。
まあ中華PADは日本では販路が限られているのでそのときの商品をど出回らないと思うので
問題は起きないとは思うのですが・・・・

でも実売1980円の偽ステレオラジカセ、3980円のテレビに比べればやっぱり高いなあ・・・
いろいろな意味で。

そういうトラウマがあったのでAT互換機を組むときウェスタンデジタルのハードディスク、ASUSのマザーを秋葉原の露天商みたいなところ(結構しました。)で買うときも情報がないこともあり
店頭で博打でした。
今では日本で一般の目に入るブランドになりつつありますが中華製品も偽ラジカセ作っていた国と同じようにブランド名が定着するようになるかもしれないし、ならないかもしれない。



寒い国で作っている車のバッテリーなんでそれそこと思いきや・・・
値段相応です。
でも本国で使っているのだろうか?
輸出専用商品で本国で使うのは日本製?


2014年10月19日日曜日

国土が狭いオランダが世界2位の農業での輸出額があるそうなのでが
うんちゃら研究所みたいのがケチャップになるようなのが輸出を締めているとか
書いてあるが実際は生産量が日本と変わらなかったりなにかうさんくささが・・
とりあえず農地面積が日本の半分以下・・・
日本がそんなに生産効率が悪いはずないんだが・・(偏見です。)国の経済構造は
日本と似ているような(フィリップスの管をナショナルで・・みたいな?なんだそりゃ)
仮説ファンタジーは外に売る仕組みがない。(今はっと思い出したのだが、
店の売り場でイケテいるような見せ方をする為に店にお金を払ってコーナーを作ったり
するのがよくあるのですが前に書いたさむそんとかLGはいい場所ででも日本のメーカーは・・・
というのはその辺の政治が今の日本は下手だから?ですかね?
あと日本での需要上に出来たらつぶす。
生産量に出ない。日本国内で終わる仕組みとしてはOK。
神様にいらないCDも本も破棄しなさいと教えられたので、そういうものだと思ってましたが
それは天井の近い市場では有効なのですが、でかい市場だとアレかもしれんですたい。
(でも並行でそんな中古が回ると新たな問題が・・そういうジャンルの商品の問題ですが・・)

とりあえず
日本の工場で電気機械製品をつくるのではなくて野菜をというのがどうも腑に落ちなくて・・・・・

2014年10月17日金曜日

昨日困っているところでタイミングよく発表になりましたが、オーディオテクニカのMC型カートリッジAT33Saなんとシバタ針搭載?で50,000Hzまで伸びているのでCD-4もOKかも?
http://www.audio-technica.co.jp/atj/show_model.php?modelId=2648
型番も私のそれに似ていますので意識したのかどうかわかりませんが・・・注!33系という路線がオーディオテクニカにあったんですね。前にこの型が同じMCカートリッジは買った記憶はあるのですが何処に行ってしまったやら・・・

そうそう出元がわからない初期のステレオに搭載されたステレオMMカートリッジAT-6らしいです。
記憶ではHITACHI、PIONEER、VICTOR、NEAT、東芝の機械に採用されていたと思いました。
針は白ノブと赤ノブがあってこれはMM用で青いのがIM用(VICTORだっけ?)があって形がおなじで
使えるかな?と思ってもダメです。
何年振りだろシバタ針の製品って・・CD-4がうやむやになって約40年近くなかったのでは
とはいうものの通常のアンプはプリの最初でズバッと切ってしまうので違いはとなるとうーんかも
あと細かいノイズをひろいやすいかもしれんかな?昔の盤は0.7の丸針が良くてダエン針だと・・
とかいう話も聞きますがどうでしょうかねえ?



レコードの針はロネット型の針を除いて不器用と雑の為に最後は折ってしまって交換というのが普段なのだが今回珍しく寿命で針交換を・・さて交換針をと思って探したがCD-4の針が数個(いろいろ使って見たが結局これに戻ってしまった。・・・)
これはもったいない(といっても使うことはほとんど無い・・・。そうそうCD-4の4チャンネルステレオはシバタ針しか通らないようだが前にダエン針のローコンプライアンスだろうなというセットステレオ初期に各社で採用されたMMカートリッジで再生できた記憶が・・ダメもとでお試しを。)
とりあえず針を探す前に手元にあるMM、VM、MC、(バリレラとクリスタルは除外)昔ながらいろいろ試したが、音はどれも問題ないのだが・・・先々のことを考えて針交換のできないMCに落ち着いた。(針が折れると痛いのだが・・)

現行品SHUREのM44とか海外のカートリッジは円高で国産と同じくらいの価格で買いやすくなったのですが初期の国産カートリッジほどではないが(これはこれで良さが・・・?)
ローコンプライアンスとできるだけ国産をということもありSPレコード用ということで
(ちなみに谷啓氏がM44、ハナ肇氏がV15を使っていました。)

(そういやSM58が5万くらいした時代もあったなあ)

針が手に入るまで辛抱です。
スピーカーとカートリッジはここまで変更無しにこれましたが何時まで持つか・・

2014年10月16日木曜日

忘れたころに週間アスキーは1000号ということでおまけが付くのだが、今回はSDカードリーダー付きUSBケーブルでIPHONEに使えればちっとすごいぞと思いきや・・繋がる気配は無い

I MACくらいからあの会社の製品は外に出したり入れたりするメディアが無いというイメージが
大きくiPODが出たときは同じように音楽プレーヤーとしてカセットなりカートリッジなりを
交換するという考え方が無いというのには古い考え方では理解が出来なかった。
ビデオがメカの固まりからハードディスク媒体のレコーダーに変わったときもなにか
しっくり行かなかった。(HDDベースのレコーダーFOSTEX D-160はキャディにHDD入れ替えて仕えたんで何も違和感が無かった。)
そうしているうちに海外の仕事が始まり商談中のやりとりの録音及び空港で何時間も待たなければいけないとかあと乗っているとき暇のために探したとき、iPODとHI-MDが並んでいた。
当然HI-MD非圧縮で従来野よりも良いのだがいかせん電気を食うので録音時はガムバッテリーだけでは足りずにいろいろ小細工をしていたが結局諦めた。でもメディアが交換できるというのが
前提でさがしていたらPANASONICでSDカードが使えて小さいのを見つけた。
ただこれは小型のガムバッテリーをつかうのだが、もうそれが見つからない。
もうメディアが交換という贅沢は言っていられない時代なのか、選択肢がIPHONEしか
なくなってしまい(そうでもない。みんなもっているんで・・・)ただまた戻ってきたのが
電池の問題・・・・はいいとして
メディアの問題はコピーすれば・・となるがその時間が耐えられない。
統一方VTRのカセットタイプがテープを帰るたびに巻き戻さないと交換できないみたいな
めんどくさが・・(オープンリールはリール外して別のリール乗せればOK。あと普及しなかったのは
また別のもんだい?)
64Gまでとか天井のあるのは本能的にねえ・・・?
SDカードさせるのだとSDカードふやせばドンだけでも・・
じゃあANDROID?となるがドイツもこいつもなにか頻繁にメディアを交換させようと
いう意思が少ないような気がするのだが・・・

夢も希望も無い若者が多いのはメディアの交換ができないからです。

おれはどんなにがんばったって8Gだからなみたいなかんじですかねえ?



2014年10月14日火曜日

昨日70年代のアニメをDVD化していたのを見ていたのだが部分的な退色が多く(フィルムは詳しくないので詳細は分からないがいままで赤くなるのは多々あったが緑になっていた)よくわからない禁止用語カットしたりその部分だけあからさまにクオリティの低い音源に差し替えるくらいならそのまま
のほうが良かったような気が・・(VHSで出たときは退色もなくそっちのほうが音も絵も良かったのですが・・)
さて、大手の楽器屋にたまたま入ったのだが少し前までエフェクターコーナーといえば大量に並んでいたのだが、大手の(定番)商品以外無くて展示機種がビックリするぐらい減っている。
その中でローランド・BOSSの”LOOP STATION RC-1”前に書いたARIONのデジタルディレイでも
同様のことが出来るのだがつまみが男らしいので誰でもつかえる。バンドで使うのはちょいと難しいが、使用方法は・・そうおう前に書いたオルガンのタッカー氏がコンパクトディレイでリアルタイム
でループミックスしながら素晴らしい曲を聞かせてくれた。そのときのエフェクターがあまり性能は良くないのだが何重も音を重ねていく場合ミックスがめちゃくちゃになりがちなのだが、重ねる回数が多い音源はボケてくるので60年代にあった音作りで音質で音量をコントロールするような感じの
カッコいいミックスになっていてなるほどこういう方法もありだなと思いました。

http://www.roland.co.jp/products/jp/RC-1/



2014年10月12日日曜日

知っている限る80年後半くらいまでアニメは初回放送時はクリアなのだが再放送となると
おや?という場合が多い、最初は音のネガ(わしはこう読んでいたが正式の名称はわからない・・)
いわゆるシネコーダー(35mmのフィルムに磁性体がついていてマルチ録音できる機械で映像との同期が出来る・・でも早送り巻き戻しがめんどくさい)なのでおとがクリアなのだが使い勝手が悪いので・か?再放送時は16mmの光学トラックのが使われていたようだ。わるくないのだが
ちょっと物足りないかな?当然ビデオ化するとその16mmの光学トラックをビデオにするので音が残念で本放送時の重要度が・・・と思っていたのだがあれから随分たった今では音のネガが現存するものについてはそれを採用したり(ドラゴンなんとかは無いので新たに再録というのもあるので
それは少し嬉しかったり亡くなった方がいるとそれはそれで寂しいのだが。
 ふしぎなメルモ見たいのは非常に困ります。
LDで何度かプレスされた盤に音が歪んでいるがごめんなさいシールが貼ってあるのがありましたがDVDでやっとこさ音をやり直したのが出ているのを最近見つけました。
あれから30年たっています。待ちすぎて忘れていましたけど・・・

待っているといえば日本テレビのSE集1999年くらいに出たゲバゲバ90分のサントラに
カリキュラマシーンだしてその次に出すよ!みたいなことが書いてあって今でも待っています。
でも早くしないと待ちきれずに死んじゃうよ。




2014年10月9日木曜日

Beta Aivinの件で思い出しましたが・・


ひと前昔MACKIEがBEHRINGERのミキサーと似ているということで裁判になったことがあり、最後は法廷外で訴訟を解決という幕引きになったので詳細はなにも分からないのですが
 さてここからはファンタジー部分ですが両機とも同一の工場で作っていたのでは・・・
中華の国には無数に製造工場はありますが製造工場=メーカーブランドという図式が無いのでは?という仮説です。工場は一度頼まれて作ればあと金型をか使い放題で頼まれた以外のメーカーに商品を売り込みに行く・・みたいな感じなのでしょうか?
前に書いたPLAYTECもたどっていけば別のメーカーの品かもしれません。
見本市とかで神経衰弱ができる場面がよくあります。


日本Noのトランジスタが常識で何処の国で見かけてもおー!というのがありましたが
最近はわかんないNoのトランジスタが多くなってくると不安ですがまあ日本は別のもの作っているから良いよね?と思いたいのですが・・・・

あとサザエさん再録のバンドオケが残念・・・(CD買って比べましょう。)
茶の間のテレビがスピーカーの丸いのが見えているステレオテレビ79年くらい?じゃなくて少し後のに変わっていた。(前からかもしれないけど)ビデオ入力とか無さそうです。
ケーブルTVはアナログで再送信しているようだけど来年くらいまでかな?
花沢さんの声の老化が気になります。
主題歌の前のサザエさんのセリフと本編のセリフに時代が感じさせられます。


2014年10月7日火曜日

セラミックカートリッジ(Ceramic Cartridges)2

ソリッドステートカートリッジ、マグニステイトカートリッジと呼称されたカートリッジは今まで
その後テクニクスとかが出していた半導体カートリッジと同じと40年近く思っていたのだが
間違いでした。たまたまマグニステイトカートリッジ付のプレーヤーをどの位のバイアスで
動かしているのだろうとアンプの中を開いて(パワーアンプがゲルマ2石は驚いたがまあこれは次回で)バイアスがかかっている構造にはなっていない。ためしにギターアンプにつなぐと思っている以上に良い音がする。いろいろ調べていたらビクターステレオの発売情報でソリッドステートカートリッジはいわゆる圧電型だが、可動部の実行質量を小さくして諸特性の向上をめざしたとのことで
たしかに針圧はこの機種で実測4gでロネット針みたいに可動支点?がゴムと硬いのが薄くなっている?だけでは共振周波数が違ってきます。(ベスタクスのカッティングマシンも商品化するうえで良い妥協の上でできていたのですが一度東洋化成の工場をベスタクスさんの好意で見学させていただいたときにノイマンのマシンとの違いはヘッドが鳴ってしまってもうすこし詰められれば・・と残念でしたが・・)でハイコンプライアンスを実現?しているので音の癖が減ってまあまあの音で聴けます。・・・
が1台のステレオにアンプが4台入りマルチアンプにそしてそれが4chステレオになったころには
特許が切れたためか中級クラスのステレオにも圧電型が付属されることが無くなったようです。
(コロムビアの廉価プレーヤーはまだ使っているようです。)

ナショナル製の60年代後半のセパレートステレオに組み込まれていたプレーヤーユニットです。
ターンテーブルが28cmなのかあとカートリッジ部分の操作部耳かけ?が針より後ろに付いているためか?(少し前ヘッドシェルを何個か調べましたが意外とテクニクスブランド物もがここまではいかないが他社と比べて後ろでした。(PAONEERも後ろのシェルがあって一時期はまってました。))レコードの扱いがしやすく、セミオート型でオートリピーター(欠品)を使えばリピート演奏ができ
豆電球の明かりでシングル盤かければホントにかっこよかったので(あとこの45回転のアダプターもレコードが扱いやすいので家では定番です。)・・・と思いきややはりでかい筐体の中じゃないと生えないところはありますが・・・

45と33の2スピードですが回転のつまみを抜いてぐるっと回せば60HZでも50HZでも対応します。


 電磁カートリッジは非磁性のアルミ製とかじゃないといけないのですが圧電型は関係ないっす。

こっから下は拾い物です。

オートリピーター

アームがレコードの初めの針の落ちるところにセットしておくと
アームレストに戻らずに永遠に?再生できます。



2014年10月6日月曜日

造形がまともなエフェクターを海外のショールームで見つけました。beta aivin

家庭用ビデオのロゴっぽい(βⅢ?)Beta Aivin、日本では全く引っかからないので日本には入ってきていないのではないかな?と思い調べると中国の会社で価格を聞くと、さすがにBOSSくらいの価格なので買う気にはなりませんが・・・
 こういうのは他のメーカーと中身おんなじという場合が多いので他のメーカーも調べましたが
外見上”BOSSっぽい下のねじ、BOSSっぽいDCジャックそしてBOSSっぽい入出力ジャック”
はそういう仕様のは見つかりませんでした。
 ”200 Series Effect”シリーズの中にPLAYTECHブランドで神経衰弱できそうなやつがいました。
となると・・これはパ地もの?なので見送ったか?な
BEHRINGERのコンパクトエフェクターシリーズはずんぐりむっくりはわざと?


http://www.beta-aivin.com/english/about/Index.html


8時だよ!全員集合、サザエさんとも45周年が終了し、今日は永六輔の誰かとどこかでの祭りで
45年前は祭りが多かったなあと言っていても始まらないので
20年以上前のSPICEで2SC1815の2石のファズの回路を何個か描いていろいろシミュレートしていたのだが結局波形と電圧見ても何もわからないで終了。
その後AVCRECが業務用でよくあるAVCHDの環境で扱えると思っていたのだが
それ以前で(頑張ればできるようだが)これも終了。
最後SONYの”SpectraLayers Pro 2”(商品の性質上お取り替え、ご返品は原則としてお受けできません。予めご了承ください。”と告知に書いてあったが気持ちは痛いほどホントに痛いほどよくわかるが・・・IPHONEの時本国の話だが本体を握ると感度が悪くなるとのクレームが入りリンゴ側は
握らないようにという回答を返したが”そりゃあアンテナ握れば、機械シールドすれば電波はいらねえよな”とはならずに客側が開き直りめんどくさい展開に・・・低価格になったりすると普段想定した使い方以上の使い方をするやからが増えてせっかくのサービスがあだとなってしまうことが多々あって非常に残念です。すごさを認めることができるスキルは身につけましょう。)
”SpectraLayers Pro 1”は前にROLANDのR-MIXと比べて書いています。褒めましょう、称えましょう。さてと前よりどれだけ良くなったか気になるところですが、インストール途中でグラフィックカード
が対応していないという表示で終了。2D重視でワークステーション用?のカードをずっと使っていたんですがこれではダメということで別の環境でコンピュータ新造しないと無理っぽいです。
これも終了です。

2014年10月4日土曜日

ARIONデジタル・ディレイ・サンプラ DDS-1

ARIONですが当時はメーカーなんか気にしなくてサンプラーの文字だけにつられて手に入れました。楽器商未タイのことをやっていた時代もあったのですがARIONについては恥ずかしいことに
全く知識がなくさっき調べて意外と近場で春日井に会社があり元はプリンス通信工業だそうで
今やっとつながりました。フレッシャーブランド(今PIGGYブランドで出しているようです。)のトランジスターアンプもそこだったような記憶があります。(よくある黒いビニールの側なのですが上につまみがありデザインも随分古いのですがディストレーション付きで音質は良くないのですが約40W以出力があったのでそのままでバンド用に使えました。)HPを見た限りではほとんどの部分が海外に移ってしまったらしく本社機能のみ春日井にあるらしいです。
 勝ち抜きエレキ合戦のGUYATONEのことを思い出して再起してどうなったかな?
と思い調べましたが進展は無いようです。電気メーカーでFUNAIというと笑う嫌な連中もいますが
実際には販売台数では某日本を代表する電気メーカーを抜いていたりメディアのイメージだけで
商品を選ぶとはまったりします。(コストコにこのデザインならどのメーカーよりもカッコいいので欲しいなあというテレビがFUNAI製でありました。)まあそれはともかく残って欲しいので今後ARION製品を物色してみます。



さてこれですがデジタル物なので電池はあっという間になくなるんでACアダプタで・・・
ディレイタイムを長くしても困るほど量子化ノイズも気になることもないし
サンプリングでループさせて音を重ねて簡易マルチみたいなこともできるし
(オルガンのタッカー氏がステージでリアルタイムで音重ねてちゃんとした音楽(こういうことする人はほとんど自己満足なことしかしてなくて聞くに堪えないことが多いのですが)をつくるという
パフォーマンスをやっていて関心した時のことを思い出しました。そのときノれるリズムマシン(電気物はダメと思っていたんですがそのステージを見てから考えが変わりました。)の話をお伺いしたり有意義な時間でした。)

2014年10月2日木曜日

サザエさんといえば・・・1969年の10月開始で1年前にも書きましたが調べたので少し追加します。
4日にドリフの8時だよ!全員集合、5日にサザエさん、ムーミンた、6日に巨泉前武ゲバゲバ90分が開始しました。
今週は45年ということで一味違うようですが・・今まで西崎ものでワンサくん、メーテルリンクの青い鳥どちらとも今のとは比べ物にならないほど音楽に力が入っていましたが、残念ながらそういう面で
評価されることが少なく本当に残念でしたが・・・ちなみにどちらも音楽は宮川泰で両作品とも
本人が歌うところがあります。
 昔は唄と絵を合わせるのは作業が大変で(”けんじゃく”どういう字かわかりませんが大雑把なフィルムの駒を数えてそこからテンポ、タイミングを割り出しそれに合わせて譜面を書くと)
私は1回で嫌になりましたが・・
まあ今だとデジタルなんでそんなことは無いと思いますが・・
どっちにしろそういうアニメは久しぶりなので楽しみではあります。

2014年9月30日火曜日

ハイレゾという言葉はたしかNECのPC-98シリーズでそういう画面モードのあって画面がもっと細かいという話で別に興味も何もなかったが(対応ソフトが少なかったような・・)
今のハイレゾはCD以上のサンプリング周波数とビット数がハイレゾらしいが・・・
まあ自由度の高いパソコンの中では今更の話ではあるが、少し前までは小さい領域に沢山曲を
入れるためにいろんな圧縮方式ができてヘッドフォンで聞く場合は別に文句ない程度のクオリティでファイルサイズが小さくなるんでHI-MDに曲を突っ込んで使用していのだが、もっとクオリティ(クオリティって何を基準にしてだろう?)が高いほうが良いということでハイレゾだろうか?

さてDVDが発売されてからレーザーディスクは10年立たずに置き換えられたが、DVDからブルーレイに置き換えられる気配すらない状況のようです。

テクニクスブランド復活みたいなことをやっていましたが”高級オーディオ”(価格が高いだけ)どうでしょうか?古物商の免許が無くとも売買できるネットの場所ではオーディオ全盛時代の機器が
BCLラジオとかも所定の性能すら怪しいのに高価で売買さえれています。

今の製品より性能良いんでしょうか?(うーん・・・・・)
外見がかっこいい(これは確実)
でもそれは過去に植えつけられた憧れとなんかによるノスタル爺ですかね?

アメリカのRCAとかテレビ作っていたときに利益のでかいコンソールタイプを主にやっていた為
日本のテレビに押されて・・・という状況と同じような気がしないでもないです。

巨大なメーカーは無理ではないかな?と思うのですが・・
日本のあるメーカーみたいな最初の製品でも修理するぞ見たいな頑なところしか
残れないような気がします。

そういやテクニクスはブランド創立後リニアトラッキングのプレーヤーとか小型スピーカー(テクニクス1だっけ?)真空管末期にパワー管片側10本でOTLのパワーアンプ(消耗電力がとんでもないと思います。)みたいな自作しかやらないだろうみたいのを出したりしていましたが。
そういう動きがあれば少しは変わってくるかもしれませんが・・むずかしいだろうな。




2014年9月21日日曜日

夜時間が空いたのでデパートの電気製品売り場へ
前にも日本のテレビは勝てねえなあ・・ということがあったが今回は
と思ったがやっぱダメです。SUMSUNGは前は枠の面積の少なくてカッコいい
テレビでしたが今回は画面が湾曲したテレビ(曲面テレビって言うんですね。まあこれが
受け入れられるのかは別の問題として新しい付加価値への評価ということで)が
大々的に・・
かえってネットで調べると8月にSONY製も発表となっているが点灯にはまだのようでした。
サムソンやLGに続くとニュースには書いてありましたが・・・あーあーーーーーーーーーー
アイワがどうのこうのという問題ではないのでは・・・

2店舗回りましたが販売場所が(大体コーナーの場所の良いところが売れ筋のものが置かれるようなというかそういう仕事してました。)サムソン、LG、SONY、ナショナル、SHARP、現地メーカーLCDテレビ、パチモノっぽいブラウン管テレビ(AKAI、MISUSHITA電気、SORP他)

展示してあるテレビのデモ映像も光沢画面が良く生えるソフトを使っているようで
日本メーカーはなんか地味なデモソフト
陰謀ですかねえ・・・それなら良いのですが出遅れることが多い日本のメーカーの勘違いとかだと
怖いです。

日本のメーカーの製品が売り場の一等地のコーナーに返り咲くのは何時になるのでしょうか?

2014年9月20日土曜日

家電製品メーカーもオーディオブーム(80年後半CDプレーヤーが最後の商品かな?)のとき

NEC ジャンゴ?
SHARP OPTONICA
HITACHI L-DD(ローディー)
SANYO OTTO
TOSHIBA AUREX(思いだすのに20秒)
富士通    ジャンゴ・・だったっけ?自信なし
 
※洗濯機冷蔵庫を作っているメーカーでオーディオメーカーは除きます。


さて

撤退の理由(ファンタジーを含む)

・80年代から円高が進んで輸出が不振に?

・音楽の聴き方がヘッドフォンステレオ、ラジカセ、ミニコンポ代表する小型でそれ1台で完結する  機器が多くなったので

・ICの集積度があがりったり、製造機器の発展により工場で良識とスキルのある人たちでないと
 機械が作れないということがなくなりあと人件費の問題で他の国で作る。
 そうなれば他の国のメーカーも製造機器買えば家でも作れる。
 他の国で安く作る。日本で作る意味無し。

・今のはおんがくじゃないので。


自分の場合はどうだろ?
オーディオ機器はCD、MDのSONYの複合機以外は80年代以前の機器ばかりです。
プリもパワーもスピーカー(プレーヤーも)これを超える機器があれば・・と思うのですが残念ながら
90年以後の製品には無いのが現状です。
 いつかは壊れて修理もままにならない時が来るかもしれないという覚悟はあるから
次のをと探してはいるのですが・・・

そうそうオーディオコーナーで今とんでもなく場所をとっているのがヘッドフォン売り場
この中から1台を選ぶのは・・・(皆さん試聴されて選ばれているようですが・・・)
3HZから40000HZまで聞こえるという怪しい(中華)ヘッドフォン・・・
昔のラジオとかテレビで使うマグネチックイヤフォン程度のものはもう存在しないと思いますが・・
こんだけ沢山あると選ぶのは不可能ですしあと店側も”これが良いんで買え”みたいのが無いようですし・・・デザインにしても性能にしても客観的に説明できる良さみたいなのが無いと辛いです。


どうにもならんものが沢山あると最終的に淘汰されることが今まで多いです。





あと今時100VタイプのACアダプタなんてあるはずねえと思い240Vに差したら”パーン”というい音と共に煙が、100Vしか使えないACアダプタがこっそり混じっていることがあるので気をつけましょう。

大切なの忘れてました三菱 ダイヤトーン追加で

2014年9月15日月曜日


第一回の九ちゃんの台本です。手元に井原番組はこれ1冊のみで厚さは30分番組で今の紅白と
変わらないくらい(ちょっとオーバーかもでもそんなに変わらんぞ!)どころか
この時代で(ぼちぼちダビング編集できるかな?時代でタイムコードも何もなかった時代で)
秒単位でシーケンスが決まっていたようです。そんな台本はいまだに見たことないです。
今のタレント任せの作り方とは違う作り方だというのが台本からひしひしと伝わってきます。

この内容の一部は小林信彦(中原弓彦)氏の本で細かいいきさつなどが解説されているので
よしなに・・(使い方どうかねえ?)

放送は昭和40年11月未定(台本ではで11月4日らしい)
録画       10月20日木曜日
場所:江戸川公会堂
振付音入れランスルーでまる3日で後の今夜は最高の倍の期間で(2本どりなので)
出演者

坂本九

特別友情出演

トニー谷
林家三平
小野栄一
牧伸二


てんぷくトリオ

スペシャルゲストスター

伴淳三郎

--------------------
アマチュアエレキバンド 第一位

ザ・ストレンジャーズ
--------------------
スタジオNo1ダンサーズ

浦辺日佐夫
城政幸
西条満
渡辺良一
菊池敏一

畑本健

中北万里子
名倉加代子
新井重子
若竹麻美
岩崎周代

合唱

スタジオNo2シンガース
ザメドポール

演奏

小俣尚也とドライビングメン

--------------------
スタッフ

脚本

永六輔
井原高忠
三波伸介
中原弓彦
難波一
田波靖男
山崎忠昭

音楽監督

前田憲男
小俣尚也

振付

浦辺日佐夫

美術

川村弘明

照明

赤司彰三

技術

第二製作所

効果

門司

特殊効果

宮川保

新井博

進行

戸村 征

衣装

森下 茂子

美容

NTVメーキャップ

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]
演出

横田岳夫

制作補

仁科俊介

制作、演出

井原高忠




井原高忠さんが死去

学生ウェスタンバンド(といっても売れに売れていて新東宝の映画にもでていました。)
”チャックワゴンボーイズ”のベースマンから卒業後日本テレビに入り”音楽班”で
ざっと調べて記録にあるだけで
昭和31年10月14日サンデーミュージック
昭和32年5月4日”ペトリヒットアルバム、5月5日”ナンバーワンショー”
(昭和32年10月24日”ペトリミュージックパラダイス”秋元氏の名前が・・)
そのなかで昭和31年5月10日”僕と私のファッション”司会:井原高忠の名前が
作家が出るのはよくありますがディレクターが・・と思いましたがその後にカリキュラマシーンで
齋藤太郎氏の件もありますので適材適所ですかね。

(表面上ゲバゲバの白黒VTR(CV)は局で見つけられたということになっていますが本人が保有していたものっぽいです。小林信彦の書籍でもVTR保有を確認しています。前に乗っけたゲバゲバのVTRを三木とりろうとみている写真を載せましたがその時のCV2000も本人の可能性が・・)
24時間テレビ以後テレビを(表面上)引退してしまったのですがテレビバラエティの神様が本当に
居なくなったというのは辛いところです。

この2枚のLPはバンド仲間ということでジャケの絵を描かれています。

そうだよ渡辺プロダクションのピーナッツの名づけ親でもあったんだよなあ。
いろいろあるんですがあまりにも急で何かいたら良いのか・・・
それにしてもポータルサイトから一瞬でトップから消えたり
すんのはどうかと・・これが現状ですかね・・・

残念ながら後の匂いしか嗅げなかった世代のため想像しかないのですが・・
こうあるべきというのが最近のすべての作品に無いようなのが気にかかります。
ゲバゲバ90分の第一期の最終回でディレクターが𠮟っているスケッチ(DVDに収録されています。)がありますが今ではそういうことのできる人を見ません。
全く。

九ちゃん、イチニのキュウ、スタジオNO1ダンサーズ(初のテレビ局お抱えのダンスチーム)
沈没期(九ちゃんが始まる前)他局のバラエティを手伝っていた説も・・



シングルが見つからなかったのでコンパクト盤で
”結構だね音頭”作曲編曲が宮本武蔵となっておりますがこれは氏のものでは・・・
大当たりしてレコードがなくなるまでカタログから消えなかったジェンカのB面は作曲:斉藤太郎
となると・ふぁんたじーの世界の話ですけどね
ちなみに渡辺プロの社長も池すすむ名義で詩を書かれています。

行進曲軍艦

あるアジアの国の子供の教育施設でネットでこの曲を見つけて”小太鼓のリズムに合う?”という理由で演奏させてしまったとネットニュースにあったが、まあ先入観なく現在の曲より良い曲だと思ったのでということだろう。(ということにしておこう)。行進曲軍艦(前に書いた日航機が墜落した日に植木等司会で謂れ及び曲の解説番組があった。)は手元にはSPで機械吹き込み時代から最新は寺内タケシ(17cmコンパクト盤で軍艦マーチより錨をあげてのほうが工藤文男のドラムとブルージーンズビート?がでていて特にカッコいいです)、ビリーボーン楽団(と入っても50年くらい前)のが新しいが行進曲軍艦のみを集めたCDが出ていた。
全曲行進曲軍艦で古くは1903年7月から1998年までと録音技術の楽団の変貌を垣間見るような楽しい出来です。当時同盟関係にあったドイツのベルリンフィル、バッキー白片のスチールギターによるものがわしのお気に入りです。ミャンマーの国軍、バリ島の現地人の演奏などいまになっても世界の何処かで演奏されているようです。誰の曲か何処の曲か分からないけど世代を超えて残った曲なので敵国?だけど演奏されてしまった。
良い曲ってそういうものじゃない?

映画”がんばれタブチくん”で効果的に使われていたのが印象深いです。
手塚治(あとその後ヤマトを作る西崎氏)の”ワンサくん”の22話では宮川サウンドの
いろんなアレンジの軍艦マーチが聴けます。(ワンサくんはまた後日に)
最後に植木等の東宝映画の古沢監督作品で使われています。

※寺内タケシはコンパクト盤で2枚軍艦マーチが出ていますがジャケがふざけていないほうです。



2014年9月12日金曜日

アメリカで9/11当時はCNN他でリアルタイムで飛行機がビルにぶつかる瞬間を放映していた。
アナウンサーが行方未確認の飛行機が何機かあり何処に落ちるか分からないような旨をつたえたからもう自分の頭に飛行機が降り注ぐと思い(そんなことねえだろ。)大変でした。

たしか始めて飛行機に乗ったときは、現地についた次の日同時間の日本からの飛行機が乱気流で降下して大勢が怪我をしたニュースをやっていましたがそのときは全く人事で気にしませんでした。
当然飛行機乗ったのは観光でもなんでもなく、日本にマザーボード買って組むのが未だ無いころで
ネットも何も無く情報が無く”あちらへ行くと日本のメーカー製より安く手に入るぞ”といううわさと
2文字の地名をコピー用紙に書いてそれをもって現地へ。日本の半額以下でそれそこのスペック
のを手に入れて帰路についたが、帰りにエンジンの横に座り飛行機のエンジンにロールスロイス製とか書いてあったのを見つけて飛行機の年式が古くて大丈夫か不安にはなったが・・・今になっては物品税の話も有りどの国よりもそういうものは日本が安いし最新のものが手に入るのでそういうことはなくなりました。

当時の9・11の映像で町にJVC(日本ビクター)の看板がいっぱい映っていました。



2014年9月9日火曜日

ラブユー貧乏

”俺たちひょうきん族”で旧譜の替え歌のちょっとヒット?のノベルティソング(大滝流で)
ジャケの通りロスプリモスの本家の替え歌と共に何人トリオ?(村上ショージ、Mrオクレ、前田・・忘れました。)の替え歌のはずなのですが盤のクレジットには何も記載はないし村上ショージの声らしきものが入っていないような気が・・・・するのに最近気がつきました。
Mrオクレ氏はGSのパンチャーズのベース・・(だっけ?)村上ショージ氏は後で物知りに聞いたのですがファミコンのさんまの名探偵で”あいつは○○○なんでたちが悪い?”だっけ?のバンドで
ギター弾いていたようですが2人ともバンドマンの空気を全く出さないところが素晴らしい。
若いバンドマンと村上ショージは何か違うと言っていたが、音楽やっていたからではないか?
というわかったようでわからない答えが分かったのが?
事故で亡くなった後でした。知らないことわからないこと、できないことを後回しにしていると
あの時・・と後悔しないようにしたいものです。

さすがにいじってない?鹿のフンはタイトルの通りで買えませんでした。




2014年9月4日木曜日

テクニクス復活。パイオニアDJ機器撤退。
少し前に遅れたレコードプレーヤー発表後のDJ機器撤退は
会社が・・・の最後の花火(100年続いた音楽関係の会社でも簡単につぶれたりします。)
車のナビをやっていくにしても車のコンピュータの一部みたいなことになっている車が多いしデザイン的にも
機能的にも後で組み込むといろいろ不都合があったりとか、あとスマートフォンのナビでも
そこそこ実用になる状況で厳しいと思います。(前にも書いたが社名と同じPIONNER精神で
新しいことをどんどんやっていったのだが、2000年に入ったあたりから怪しいところです。
ナショナルもなんでも(プレーヤーはもとよりオープン、カセットデッキ、初代VHSビデオのNV-8800これも回転ヘッドはダイレクト)ダイレクトドライブを率先したり家でもテクニクス商品は多々残っているがさて今後何をセールスポイントとしてやっていくんでしょうか?高級=高いだけじゃだめですよ。

あと先日誰でも知っているバンドを見てその後いろいろ
お話を聞いてきました。
売れるバンドは売れるしくみが説明できる。
そういうものだよな。

バンドもメーカーも酔った勢いでは伝説はできません。

また後日に。

2014年8月29日金曜日

飛べ孫悟空!続きでヤン坊マー坊天気予報は今年の3月末で終わってました。
ヤンマーは東京駅の近くにビルがあり気が今までつかなかったのですが非上場でした。
上場のメリット、デメリットは、まあいろんな考え方があるのでここでは置いておいて。

機器をチェックしていたところ動作はOKなんで一応電池の製造年をみたら1981年2月製ナショナルの黒ハイトップ、電圧計ったら負荷付きで1.5Vちゃんと出ているようで、液漏れせずに自己放電でパーになることもなく良く生きていました。
電池の入っている機器は必ずというほど液漏れで、下手するとその液が他を巻き込んでぼろぼろに鳴っていることが多々あるのですが・・


2014年8月27日水曜日

LUX社でSQ-38FD等の修理をやっているというネットニュースで
紹介をしたので見ていたが50CA10とかまだ保有しているのだろうか?
(一時期中国球があるだの無いだのという話があったが最近聞かない。)
ちなみにこのあたりの機種はRECOUTにはそれを考慮したレコーダー(今考えると某社のレコーダーLINE入力が抵抗で落としてそのままマイク入力に繋がっていたので違和感があったがインピーダンスの高い機材つながれることを考慮すればそういうものだろう。)以外を繋いだだけで音が変わってしまいレコード聞くときも録音するときも使い物になりません。
そういうこともありそれまで使っていたSQ-38FD、LX-38とも押入れの奥に。

”6CA7に改造したいので教えて”みたいのをよく見るが、管が長いのでケースの高さが足りるのか
あとヒーター電源の問題ですねえ
50CA7みたいのがあると楽だと思いネットで探したらあるという人もいるんだけど・・・
見たことも聞いたこともないよなあ・・



2014年8月26日火曜日

今までサービスエリアをかぶっちゃいけない電波利権みたいのがネットで聞けるラジオをやらなければいけないほど終わっているような気がする。ちなみに80年代つボイノリオ全盛時代くらいまではラジオを聴くことが生活の流れになっていたが・・・(今言う芸人って話芸ですかね・・)
区域外放送が可能となると内容が勝負になるが、さて利権バリバリで身内でまわして調整室では
ディレクターが薬でもやっているように他愛もないことで笑いタレントなり芸人を甘やかす。
面白いので他の場所でも聴かせてえなあ・・と
いうなら良いのですが・・・




いわずと知れた名盤!紙相撲付き。
曲もジャケも洒落ています。
世界中でもこういう曲は珍しいのでは?
最近紙ジャケでCD化されたようです。


水谷ミミと伊藤秀志の盤
これなんか最高なんだけど評価されてねえなあ・・

どっちも今のぺらぺらな曲と違いもう深くて深くて・・
こういう系列のを作るような気のきいたやつがでてこりゃいいのに・・

2014年8月22日金曜日

ヤンマー一社提供のバラエティ飛べ!孫悟空
3本しかビデオを持っていなかったので有難い。
音楽バラエティショー(安居酒屋でもおっさんのぐち大会ではない。)
特に洋楽などカバーを使ったものは著作権料が異常に高く家でもあるバンドの記念カバー集を
企画したところ著作権料金だけでとんでもない金額になってしまい挫折しました。
作家の田村隆氏(これがNHKのハッチポッチステーションにつながっているのかな?)の本にもビデオ化は無理だろうということになっていましたが

法律が変わってネット放送の枠になったのでOKなのでしょうか?
さて利害関係バリバリの番組しかない状況で番組の視聴者層は子供でヤンマー
まったく接点が無いように見えます。坂本九のイチ・ニのキュー!は味の素一社提供で
スポンサーは視聴率に関係なく万博までやってくれという話が残っていますが・・
(前の九ちゃんはおそ松くんと同じ時間に移動させられたくらいですから・・・
視聴率は言うまでもないです。)


http://tod.tbs.co.jp/item/3491/

画質とか音は自身を持って文句言わない派なのですが・・ネット配信もう少しなんとかならないものでしょうか?さすがに音がピーピー言っているのは・・

あと思い出しましたがビートルズの日本語の替え歌はダメじゃなかったっけ?
たしかそういうのがあったような・・・

2014年8月21日木曜日

アニメ製作会社が出来るまで?マンガ”アオイホノオ”岡田俊夫方面(ヤマトのためにUマチックという話があるが時期的に1975年の関西地方での再放送を録ったと思われるがβは5月だがチューナー付きのSL-7300は7月末発売なので選択肢はぎりぎりこれしかなかったかな?)からの話は活字になっているのを読めばもっと楽しめると思う。(手塚物とかは関係するいろいろな立場の人が書いている研究本がかなりでているのでいろいろ読んで見ると勉強になります。)
SL-J9、ウォークマン、運転免許等欲しいものがいっぱいあった時代(8mm版のヤマトを主人公が持っているのはぶっとんでます。)

テープの整理をしていたらテレビ朝日で谷敬と高見ちか司会(宮川泰先生も)でオールディーズの特番を1985年8月12日の日航機航機墜落時に放送していたテープが出てきました。
番組開始15分後くらい元シャネルズの歌の途中で速報があり”羽田発の大阪行きの日航123便がドア故障で急降下するとの連絡後レーダーから消えました。乗客乗員479人が乗っており確認中です。”とスーパーが入り
その後佐々木いさおの歌の途中の約25分に番組が中断で墜落の可能性の速報で”長野県南佐久郡臼田町の警察署に19:05ころ群馬県との県境におちたとの住民からの報告があったようです。”2分くらいで速報は終わり通常の番組にもどり
50分に番組中断”墜落の確認した。”情報が入り次第お伝えします。
その後の宮川先生のメドレー中はなにもおこらずに番組は終了。
(当時名古屋テレビはステレオ放送をしていなかったのでモノラル放送・・・
9月くらいに仕事で東北にそのときステレオでこの番組をやっていたので録画したので
(当時は当たり前のようにSL-J7とVHSのデッキを持って歩いてました。)中断の無いのがあるはずなのですが見つかりません。)


昨日書いた日本テレビでの21時からの植木等司会の軍楽隊の番組中の中断は無いようで
途中に”このあと10時から定時番組を変更して日航機墜落情報の報道特別番組を・・”とスーパーがでています。
この後は数週間テレビは大変なことのなります。

どちらもナベプロ製作です。


2014年8月12日火曜日

1985年8月12日19時前に日航機航機墜落してからもう30年、その年は丁度クレージーキャッツが30周年ということで10月にフジテレビ、次の年の3月に日本テレビでシャボン玉ホリデーの特番
とテレビでクレージーが久々見ることが出来た年で・・思い出した。7月の後半に8時だよ全員集合の終了の告知があったりもした。
事故当日は21時から植木等司会で”らっぱも鳴った入れ歯も鳴った”と軍楽隊のその後のドキュメンタリーを録っていたが番組中に飛行機が消息を絶ったというスーパーのみで番組は終了したが
仕事中だったこともありニュースで坂本九の写真がちらっと写ったのをみたのだが、なんか良いことでもしたのか?くらいで気にしなかったのだが次の日から大変なことになったことに気がつき
ワイドショーとか全チャンネルビデオ回して(全チャンネル分デッキがあったほど当時はテレビが楽しかったんだよ)先輩であるハナ肇(1993年8月13日に入院で9月10日お亡くなりに)、植木等をコメンテーターとして出ていた局もあったがなんとも
いえない状況でした。たしか数日前に筑波万博で坂本九を見に行きましたがまさかそんなことになるとは・・

その後にいろいろなドキュメンタリー番組で123号関係は見ましたが、本日もフジテレビ系であるようです。


2014年8月7日木曜日

殿様キングス


P-VAINから8トラ用の音源としてのクレージーキャッツカバー集がでているが、
その中に日本電子工学院のライブが収録されています。
ムード演歌で学園祭?となると普通は想像が出来ませんが、まあ機会があれば是非ご購入を
あと大滝詠一のイエローサブマリン音頭と共に(確か同時期でカラオケ(8トラが普及しつつあるときに年末の宴会ソングとして)Victorからその後の斎藤晴彦につながる”係長5時を過ぎれば”(ジャケはおととい見た花の係長の園山俊二)が発売され両方とも良い作品でした。(アルバムでパロッタクラシックというのがCDで再発しているのでこちらも)

ドリフは何故楽器を持たなくなったか?
殿様キングスはお笑いからバンド(歌手へ)
芸事に関わるものは考えましょう。


ご冥福をお祈りいたします。

※絵は今作業できる環境ではないので又後日・・

2014年8月1日金曜日

元祖深夜アニメ名古屋テレビ製作の六法やぶれクン

8月2日深夜0:20ANIMAX
東京ムービーのDVD化されていないものが多数あり
白黒版パーマンは何処の国だったか忘れましたけどDVDが販売されていたのを
空港での乗り継ぎの時の時間調整で町に出たときに見つけましたが
そのときはスルー・・今になってみれば買っておけば良かった・・・
(日本ではいろいろあって出ないキャンディキャンディも全話ボックスであったりしました。)

2014年7月28日月曜日

PIONEER Electronics 50 Year History

 http://youtu.be/cLgIV1wRfHc

ナビゲーションシステムを発売する以前までのパイオニアのビデオです。
有志の方が作られたのか良く分からないのですが(シャボン玉ホリデーのローバンドVTR時代のカラーパートで現存しているものが挿入されているがザ・ピーナッツが広告に出ていたためだろうか?・・番組には直接関係していないはずだが・・となると?)
AMステレオ放送(2波つかうのね)の聞く為の準備方法とか聞けたり、ラジカセ”ランナウェイ”のCMがあったりでこういうのは嬉しいです。残念ながらステレホンとかアンサホンあとONKYOと共に
即撤退した白黒テレビ(音が良いというのが売りだったが・・・ちなみにカラーテレビはLDのときに当たったと思いました。)その他聞いたことも無いものが無かったのが少し残念ですが・・

なお尺が50分と長いので要注意
初のカラーアニメはNTV の
          1958年 7月14日 「7色のメロディー」、「もぐらのアバンチュール」放送?
          10月15日 16:40 「もぐらのアバンチュール」放送    
  白黒ですが帯で・・

  「漫画ニュース」
  1957年10月1日~1959年9月30日(月~日)毎日 21:12~21:15(シチズン提供)
  アニメの長さは1分20秒にも関わらず1回に使われたコマ数が1920コマという記録
  が残っている。執筆は、やなせたかし、富田英三、和田義三の三氏が交代で製作していたそう  です。

   帯の初テレビアニメはインスタントヒストリーということになっていますが・・・
   あと本当にフルアニメーションでこの時代これだけの製作能力(CMを製作するプロダクション   は多数あったが、帯でTVアニメなんてという時代です。東映が大所帯で年1本くらいの時代で
   があったとはなんとも言えませんが・・・


2014年7月26日土曜日

太陽観測衛星STEREO-A

2012年7月23日の強力な太陽風、地球をニアミス NASAと今更言われてもねえ・・
NASAのHPにはそのときからその話は記載されていたがなんで今になってというのはあるのだが
なぜだろう?

ということは本当にヤバイことは知らされずに終わるんだろうな。
当たったらさようならで当たらなかったら冷えたころに告知
そういう事例は何度もいろいろな場であったが・・まあ知らせたってパニックになるだけなので
(知らせ方もあるが”今日で地球おわりでーす”たって日ごろ覚悟していないと受け入れられないだろうし・・覚悟があればもうすこし日本は・・・・
まあ知らないで終わったほうが幸せで良いのかもしれないが・・・

余裕かました国のとかで一部の人たちはその地球終わる日のために覚悟して準備しているという
人を紹介する番組もあったが、それも本末転倒のような・・・。


まあパニックにならないように好意で今教えてくれたことにしておこう。

11PMのビートルズ特集で由利徹のことを書いたが斉藤晴彦と共にレギュラーの時期があったようだがその流れ?だったのだろうか?11PMは井原番組の匂いが消えつつあったのでチェックしていなかったので全く気がつかなかった。
ビデオを数本貸していただいてチェックしたのだが斉藤晴彦のコーナーもあるにはあるのだが今夜は最高で当てた?もののパクリ程度のことしかしていなかったようで残念でした。
レコードが良くないのと同じ理由だと思います。

2014年7月25日金曜日

しまじろうで名前が浮上したジャストシステム。20年以上前日電のPC-98シリーズ、エプソンのPC-286から始まるいわゆる98の互換機のMICROSOFT DOS上で動作する。ワープロソフト一太郎(仮名漢字変換ATOKを含む)(他の機でも動くのがあるかも?)で名を馳せた会社だ。
ワープロに関してはこれを使い始めるまで専用機かCASIOのMSXにつなげるプリンター付きソフト?の出来が非常に良くてこれを使っていましたが10MbのハードディスクとPC286ををいれてから一太郎に切り替えました。世の中は一太郎とLOTAS1-2-3がメインでWin3.0、Win3.1を経てWin95が発売されてから空気が変わり始め、それまでハードで動くソフトを購入していたのが
Winで動くソフトを・・というようになりコンピュータのハードについてもそんなに意識しなくて良い
状況になり日電のPC-98を・・ということも無くなり(でもハードで漢字とか処理していたので486DXの66mのDOS版の処理スピードに追いつくのはPentiunの2Gくらいまで待たなければなりませんでした)でWin95が出たあたりのころ仕事でPcのバイヤーをやっていましたが、売るのはPC98Win機で
そのとき一太郎、lotasモデル、そしてWord、excelモデル。当然売れるので仕入れ値が高いのは
一太郎モデルでマイクロソフトのWord、excelなんてパチモノ誰が買うんだろ?出来れば仕入れたくないな・・と思っていました。が、その後気がついたときには一太郎、Lotasの影も形も無くなっていました。ゲームとアダルトビデオは国産のものが世界(屋台レベル)で見かけますが他のソフトは
残念ながら・・・あるんですかねえ?
歴史はあるのですがMicrosoftの影に隠れてしまったすごいソフトがあるんですが
残念ながら開発者が亡くなった為か進展しません。
1990年代後半のすげー仕様を雑誌の広告に載せたのですがまだそのレベルにたどり着きません。残念ですが。
(ちなみにそのソフトで関東の鉄道のダイヤを組んでいる会社もあるようでした。)

2014年7月21日月曜日

今日はアポロ11号で人類史上初めて、月面に宇宙飛行士を送り込んでから45周年となるそうで
WEBの”NASAテレビ”でそのときの映像がみれるそうです。当時はNHKで同時中継されて(実際はは音のみで絵は紙芝居見たいのだったような気が・・・)ぼちぼちカラーの単管カメラが発売され始めていたが、宇宙に持っていくカメラは電気の制限と重さの制限でCBS方式のカラーカメラが採用された。地上にSバンド20Wで(かなりの高出力・・そういや昔アマチュア用の中継衛星?にアップリンクして帰ってくるのに数ワットのハンディ(ロッドアンテナ)でつながったのは感動もんでしたがまあ間に障害物ないので・・・)送りディスクVTRでNTSCに変換して放送したと言う話で
(残念ながら月ではカラーは出来なかったらしい)
でその時期のAKAIの”広告で放送に間にあった”というようなフレーズで1/4インチ白黒でステレオデッキテープデッキにも使えるという両用タイプのビデオ(海外ではRoberts 1000、AKAI X-500というモデルで出ていたと思う)を発売していた。(日本では見かけたことが無い)
その後のVTシリーズにつながると思うのだが・・・(意外と学校の科学系の教師がAKAI製ビデオ
をもっているのを良く見かけたが当時は聞くことも無かったが独自の販売ルートがあったのだろうか?)

海外でネームバリューはあるが日本では・・のAKAIはポータブルのVHS2機種(VP-7350Jだっけ?数少ないステレオ機で3倍モード付きサーチは出来ない特殊再生は3倍のみ)、ハイファイを1機種以外見かけることが無かったが、日本のVHS陣営側がAKAIを早いところ仲間に見たいな話は残っているのでもしやと思って調べたらHR3600のチャンネルがボタンチャンネルに替えられた
PALモデルがあるところを見ると早いうちからVHS陣営に入っていたのではないか?

あと
月でカラーの画像が出せなかったのはCBS方式は3原色の円盤が撮像管の前でぐるぐる
回ってカラー映像を出すシステムでその円盤の潤滑の万台で回りすぎ・・という説があるがわかりません。

手が空いたら見てみよう。


2014年7月20日日曜日


ZIPドライブの機材等はパラレルのIDEだったのでCF他に置き換えるのはそんなに難しくなかったのだがFDDインターフェース用となると無くて(カタログに乗っていたが欲しくなったときには製造中止よくあることだ)昔の音源(システムもFDDにはいっているものがあり読ませないとただの箱)などで記憶媒体がFDDしかない機材無理して使わなくともSDカードが使えるようになるかも・・は非常に有り難い。



http://www.march-rabbit.jp/index.php?main_page=product_info&products_id=2968
クイックディスク(任天堂のゲーム機の媒体に少し細工して互換性ないようにしたものが採用されていた。)もFDD前に楽器用に使われたがそこまではサポートされないだろうな

2014年7月19日土曜日

電子工作マンガ”ハルロック”
青年誌というのも・・子供の学研の学習マンガみたいなもんですかねえ
いろいろ考えますな。
まあ釣りだって料理だってゲームだって漫画になるとは思わなかったが・・・
そういや”とどろけ一番”だっけ?勉強マンガがありましたな。
途中でボクシングになってわけわからなくなりましたが・・
ローランドの上場廃止
風がふいているときは流れに乗ればいいのだが無い場合方向が決めることが及びその方向を第三者に説明し納得させるのは難しい。渡辺プロダクションもパイオニアレコードから資本撤退したときに株式上場には向いていないとの話がある。
先々を見て新しいことをやろうとするとそれが生涯になる場合が多々ある。

あとSONYも渡辺プロもROLANDもクセのある創業者がいなくなったときどうなっていくのだろうか。
大体大きくなると訳の分からん銀行屋とかはいってきてなんの会社だかわかんなくなったり
仕事しないものが権利を行使し、仕事している人間が駆逐されるのを何度も見ているがこのままでよいのだろうか?というかいいはずねえよ

瀬戸てんやわんやの家族対抗歌合戦の商品ローランドの電子ピアノ(コロムビアのうたうパンダ(プレーヤー))くらいから気になっていたメーカーで前にも書いているがローランドの先進的な機器のおかげで音楽に関わる仕事ができたのは非常に感謝しています。
そうそう3Dプリンターとか巷で流行る10年以上前に3Dスキャナー、3Dプリンター(即買ったがスキルが無さすぎで使えませんでした。あとステッカーマシンステカ)あとビデオくん(テロッパー)とか
スイッチャーとかプロ機でとんでもない価格のが家庭用で使える程度になどSONYとは違いそういうプレゼンをすることが少なかったので知名度は低いがこういうのが本当のベンチャー企業
だったと思うのだが・・・
そういえばACETONEを乗っ取られたのでROLAND設立という経緯もあったりする。

ローランドの梯郁太郎はオルガン(当時最新の電子楽器)について電気技術雑誌で
連載枠をもっていたり・・そういう人はいないよなあ。
ロックの殿堂は前に書いたと思う。


注:ベンチャー企業とは最近は若いだけがとりえで浅墓などうでもいいことをやっている企業を指す   ことが多いが国はこういうのを促進させようとしているのか?

それにしてもYAHOOのトップは”オバマ露側地域から発射”とか東スポ状態なのですが
状況が状況だけに肝を冷やします。   

2014年7月18日金曜日

伝説のターンテーブルと言われる『Technics SL-1200』を超えそうな、期待の製品です。そんな遊んでる場合か?

パイオニアやっぱりだめです!
そんなんコピーモデルがガンガン出ているのに(SONYのカタログにそのコピーモデルがのったときは終わったと思いました。)・・・・PIONEERのシールの貼ってあるだけの機種を欲しがるものでしょうか?


としているうちに、またマレーシア航空・・・かなり早いうちからCNNでロシアが・・と大韓航空
のときと同じような結果が出そうでこわいのですが・・
下記が情報元になっているようなのだがロシア側が飛行機落としている話も
http://inforesist.org/en/

今回はソーシャルメディアなどで旅客機の残骸、落ちたときの映像がCNNを通して配信されているので前回の消えたマレーシア機のときより情報は多々あるのだが、本当に攻撃されたとなると
回りまわっていろいろ日本の経済状況がもっと悪い方向に変わってきそうなので心配です。

2014年7月17日木曜日

数年前の残務整理状況時は株価が1桁で椅子取りゲーム状況を見たが
いたたまれなくなってチェック銘柄から外した。
山水(SUNSUI)はオーディオよりトランジスタ用STシリーズのトランスには
随分世話になっているがトランス業務は移管されているので今後も大丈夫のようだ。
さてオーディオアンプではモノラル時代からアンプは作っていたようだが
ステレオ管球時代は下のレシーバータイプながらパワー管が3極管のSAX-300、
プリメインでは国産他社には無い(思いつかない)6L6GCのAU-111(フォノのプリアンプがトランジスタであとは真空管)
(2000年初頭だっけ?LUXのSQ38D(出力管は5極管それにキットタイプも準備されていたと
思った。)と同時期くらいに再生産されて日本橋で見かけて、まだ重いものを(こういうアンプは重いんだよ。)持てた時期なので欲しくなったが仕事が忙しいことと
限定ということもあり欲しくなったときには無くなっていました。)

あとJBLとかPEAVEYの代理店をやっていた時期もありましたっけ?
付き合いのある音響屋に山水の箱にはいったJBLがあって、他の機器
はすごいスピードで入れ替わるのですがこれだけはずっとあっていつか譲ってくれないかなあ
と(まあ無理だろ)思っていたりします。


 ドウシシャがブランドをついでいるそうですが・・・



2014年7月15日火曜日

Star(現TAMAかな?1960年代は毎月約10万セット名古屋港から輸出していた話も残っているが・・)、クルーパードラム、GRACY(セドリックのジャッキーが使っていた。)その中で国産ドラム屋の老舗のPEARL下記は1966年末のラインナップらしいが、まだタムホルダーがレールのモデルが主で2タムの仕様ではない(レールで2タムのホルダーが確かどこかにあったと思ったが・・・とりあえずエレキの若大将で変なところからタムが出ているのがそれだ)
そのホルダーだがレールなので自由なセッティングは不可能で制約がいろいろあるのだが
私はこういうものだと思って使っているので実用上なにも問題はないのだが
何台かみていると微妙に位置が違い、物によってはレールが真ん中で使いにくいのでは・・
というものもあった。
あとバスドラ右から生えたシンバルホルダー・・シンバルの大きさにもよるが意外と使いやすい
(あとシンバルスタンドを持っていく手間が減る)
PearlのHPを見に行ったらアーチスト欄でジミー竹内氏が残されていました。




キャラクタービジネスとはクロスせずに映画配給事業をやっていたころのサンリオは
尊敬すべき作品が多くあるので機会があれば見ておいたほうが良いです。
(~のなんとかというようなゴリ押しキャラのは見るだけ時間の無駄です。でも映画配給事業
の話を聞かなくなったのは少しレベルの高いところを狙いすぎと早すぎたからですかねえ。
ヘラルド映画のおとなの試聴に耐えうるアニメシリーズ(3作だっけ?)も早すぎたような
気がします。)

1970年から中盤まで大人の試聴に耐えうるアニメを作ろうというトレンドがありましたが
最近ではどうでしょうか?



2014年7月10日木曜日

1.2G帯の無線機が出始めたころ車で使ったところ止まったタイミングによって
電波の状況が良くない場合ほんの少し動くと状況が良くなったりで
波長が短いのは使いづらいくて144M、430Mのほうが移動には向いているかな?
感があったが今となってはそんな波長が長いのだとアンテナも大きくなるし機器も自然と・・
さてアナログ放送が終了したのでデッキのチャンネルをガチャガチャしても何も復調できない
当然だがそのあとここは何に使われるのかがよくわからないないが・・

ただ40年以上前に使いやすいVHF帯は移動体通信他に使いたいので帯域を6Mも
とるテレビはUHF帯に移したいというのはあったようだ。
実現した時は上のほうが機器も小さくできるしetcでVHF帯はそこまで・・・
という状況なのでどかしたあとは雑草だらけ・・(使っているようだがどうかな?)
時間がたつと価値も変わってきます。

青島幸男 UHFで検索かけると”参議院委員会発言一覧”で
1970年当時にVHF物をUHFに移そうというのがありましたが某国営放送の根回しの悪さと
説得力のなさ、動機の不順さで話が進みませんでしたが・・・・
これが現実化するのに随分時間がかかりましたが、さて何につかうのでしょうか?
いまさら。



昔は無線機をHFから1.2Gまで出せるように部屋に何台も並べていましたが、パケット通信を始めたあたりから無線に縁遠くなりアナログのムーバあたりが出たときはどこに行ったか分からない状況で(免許も失効して再交付受ける気もないです。)その世界には戻るまいと思っていたのですが
たまたまHP見たら1台でHFから430Mまでとか・・ビデオは価格は下がったけど無線機は上がっているような・・と思いきやこんなメーカーあったかな?というところの144.430.1.2Gの
ハンディが実売4万以下・・
パソコン、VTRのような価格の下落どころか反対に上がっているような気がしないでもないです。

スタジオでは邪魔にならないように隅っこに居る事が多々あるのだが
昔と比べると機械が良くなっているのでスタジオ占有時間が減ると思いけや
時間は長くなっているので年寄りには堪えます。

さて10年前から楽しみにしていた科学実験番組が今日から吹き替え版に
たしか5年くらい前に日本語の話せるタレントが進行役みたいな感じでやっていた時期が
あったが残念ながら短期で終わってしまったのは残念でしたが・・・

オリジナルの英語版の声が頭に残っているので違和感が・・・
(他の日本語吹き替えが付いているものでも元の音を聞いてうまいほう?の音声を聞いている。
中には吹き替え版でオリジナルを払拭するくらい強烈に良いものもあるので侮れないのだが・・・)
日本人は一般人?は声で体形(ビジュアル?)は判断できるが、英語圏などは発声するときに
使っているところ?が違う為かそれが当てはまらない。
 吹き替えは日本人から見た外人っぽく?するのが違和感?ないものなのかな?
ドラえもんとか部分入れ替えのサザエさんと同じく慣れれば良いものかな?
(亀有は元が無いのですが違和感があったのですが意外と時間がたつと意外とはまり、実写やってもOKなくらい私の中では同化しました。)


2014年7月3日木曜日

AMAZONでうろうろしていると再発レーベルの廉価CDにたどりつくのだが
残念ながらAMAZONでは発売元もなにも記載していないのでそのレーベルの他のタイトルを確認できず困っていたが、たまたまCD店にてカタログを見つけて戴いてきた。とりあえず発売元と
タイトルの確認が出来たので助かったのだが、新たな問題としてこのカタログは日本語版だが
日本の輸入元とか全く書いていない。とりあえず本国のHPぽいところも見つけた。
数年前、大手のレーベルからクラシック約10枚程度3000円以下みたいなシリーズが発売されて
店のクラシックのチャートが全部そういうので占有された時期がありましたが
クラシックは競合することは少ないのですが、ポピュラーはメジャーの盤と
おもいっきり競合してしまうと思われるのでCD店のレギュラーコーナーに
こういうものが置かれることは無いと思っていたのだが。

http://www.notnowmusic.com

2014年6月28日土曜日

斎藤晴彦さん死去

ガーンです。
今夜は最高の昭和任侠伝、ロボット8ちゃんのバラバラマン

小林信彦氏のテレビ黄金時代から引用
<ヴァラエティ>とは、多様、なんでもあり、の意味である。<ヴァラエティ・ショウ>は
異質なものがぶつかることによって生じる面白さが狙いだ。
 1985年3月渡米記念「11PM」のぼくの部分の録画を終えたあとで、井原高忠が笑いながら
こう言った。「タレントがいないって、二言目には言うけどさ。三宅裕司って若い人と
斉藤晴彦でヴァラエティが作れると思うんだけどね・・・・
あっ、とぼくは思った。そういうことなのだ。
その言葉を最後に井原高忠は日本を去った。

このCDはテレビの企画(今夜は最高)から出来たものだと思うが
お金がかかっているとは思うのですがヴァラエティではなくて残念です・・
テレビのアレンジであと人もタモリと和田あきこのほうが全然良いです。
当時この会は賞をいただいたそうで2回放送されて1回目はたしか
1985年の2月ころ旅館のテレビで見て録画取れないのを悔やんでいたところ再放送
やってくれて家の何処かに録画が有ります。
この番組後、斉藤晴彦氏の出演したバラエティ、トーク番組他は多数ありましたが
残念ながらうまいこと使える機会?が無かったのが残念でした。




2014年6月25日水曜日

フィリップスの子会社MAGNAVOXから発売されたVLP(後のLD)が失敗後
パイオニアとアメリカのMCAとの合弁会社で参入、その後IBMも参入したが・・(盤の製造がうまくいかないMCAが支援を求めただけらしい。)その後パイオニア以外が離脱して
名実共にパイオニアが元祖のLDメーカーに、初代機のLD-1000(機能、映像、音声(アナログ音声のみ)今でも長時間ディスクで秒単位のタイムサーチが出来ない以外劣るところは何も無い)
は動作状態で実家に・・その後LD-7000フロントローディング機(半導体レーザー機)、CLD-9000(音声デジタルでCD・LDコンパチブル機)とか有ったが手元のDVD、LDコンパチ機DVL-9が出るまで買い替えなしできました。

β対VHSのようなVHD対LD規格戦争?見たいのがありましたが(9:1くらいでSONY以外はVHDへ)
ちなみにVHDは針で再生でレコードの生産システムがそのまま使えるというメリットがあるシステム
でしたが、ぼちぼちレコードが消えCDに変わるのかな?という時代しかもスペックで解像度が240本程度でLDは400本(解像度だけで評価するのも乱暴だし、からくりはあるが・・)あと光っているものにはかなわないということでVHDは消えていった。その後YAMAHAとかSANYO、NATIONALも
LDプレーヤーを出したがDVDがでてくると当然LDの座はDVDに明け渡し。
 その後パイオニアはDVR-1000なるDVDレコーダーを真っ先に商品化でもその機械で録画したものが他機でみれないという問題も・・その後DVR-2000で解決そたので私も使っていたがデジタルのめんどくささ、楽を痛いほど知ることに・・・

私のパイオニア歴としては3点セパレートの電磁カートリッジ付きステレオ、廉価簡易プレーヤー
ナベプロ合弁のパイオニアレコード(タイムボカン)、
ビデオ関係は飛んで初代DVDナビ(案内が毒蝮三太夫の声と次元、不二子の声とかで案内してくれるシステム付き)その後2回DVDナビを買い換えて10年前のHDDナビに・・その後は買い換えることは無いでしょうが・・
大切なこと忘れていましたが、LDプレーヤーはハード共にソフトが必要でソフトも同社から
発売されていました。そのなかで初回発売に含まれていたのではないか?と思われるソフトで
1953年東宝の”裸の大将”でその後のてなもんやの澤田氏のフジテレビ版裸の大将にも
影響を与えたと思われる最近には全く無い(制約の多い今は出来ないかもしれない)進めたい邦画
です。LD版は横長のスクリーンサイズを作品をシーンによってはパンで振ったり?してテレビサイズでも楽しめるように手が入っていますので違和感は少ないので良いです。(この地方で最後にドリフの松竹版の映画がU局で放送されたとき5人が写るときはアナモフィックレンズ使わないような顔が縦延びで何がなんだか分からない状況で放送されていましたが・・)ちなみに最後のシーンでクレージーのメンバーが新聞記者の役ででています。

2014年6月20日金曜日

サントラが売れているというのは嬉しいのだが・・・

1978年発売のSL8300だがそういえばまだβⅡという表記はされていないようだ
1979年発売のSL-J7からだろうか?
Kから始まるβの紙箱のテープは80年代にすべてプラのケースが嫌で(一番初めのSONYのVHSビデオテープも紙箱だったが・・)に変えたので捨てたので手元に残っていないと思われるが
まあそのうち探そう。


]
当方ではダイレクトBOXは
BOSSのやつ、カントリーマン、BEHRINGERの2chの(ノイズ発生器モデルが多く箱がまあまあ
なので出た当時に別の回路に入れ替えて気に入っていたが今は無きものに)そして下のやつ
当然故障状態で送られ来たが交換もめんどくさいので電源の回路を作り直し
長期にわたって動作している。こいつは以外にもちゃんとしていて?トランスで信号を
アイソレートしているので変なもの?をつなぐ場合安心して使える。
ちゃんと動作する品を手に入れたらもっけものです。(これが難しい・・)
ちなみにファンタムは卓から長い距離しかも沢山の接点を通るとトラブルの元なので
SONYのファンタムボックス(これもトランス入っています。)をDIの直下に入れています。





2014年6月17日火曜日

キュー&レビュー付きベータ

βⅠ専用機のSL7300(2モーター)、VHS発売後の対抗機?βⅠ、Ⅱ機(ポーズボタン無し)SL8100(中見たこと無いのでわかりません)、タイマー付きSONYで唯一βⅠの再生が出来ない
SL8500(1モーターでローディングから全部こなしてました。)でSL-J7が出るその間に発売されたのがこれSL-8300でβⅠ、Ⅱの切り替え機でそのときの最高機種になりますが、このあとにも先にも民生機でこの機種だけの機能としてキュー&レビュー搭載!まあカセットで有名な機能なので
大体効用は想像が付くわけですが、画面が黒いのは仕方ないのですが音も”シーン”単に停止を
系由せずに早送り、巻き戻しが押せるだけ・・まあアクセスが早くなって良いのですがせめて音くらい出しても・・ということで音出るように+静止画も出るように改造(この時代のは一時停止でも絵が出ないんでSL-7300、8500も昔改造しました。)
あと一時停止が今までの直接から?ソレノイドを使った電子式?に変わったのでリモートポーズが可能となり副産物?として再生ボタンが軽くなりました。(あとテープが走行していないとピンチローラーが圧着しないのでテープ噛んだりするトラブルは減るかな?もうひとつ録画予約のときそれまでの機器はピンチローラーが圧着して待機だったので精神衛生上?気は楽になるかな?)

SLーHF900以降のテープは反転ノイズが多く互換性は辛いところです。
そうそうβ機が他のメーカーも作り始めて普及しだしたころでもSL-7300もSL-J7もβⅠで録画していたので他所でβのデッキがあるのを確認してテープ持って行っても東芝、SANYOなどSONY以外
だとβⅠの再生機能が無かったのでSONYかどうか確認の必要があった。
VHSでは名前のとおり標準モードがあったのでそういうことも無いがβはVHSが発売になって数ヵ月後意識してか2時間対応機(SL-8100(切り替え機))を発表してからSL-7300から使っていた私はβで標準というのが無くなってVHSが少しうらやましく思った。
その後周囲が全員VHSなのとステレオ録画機が欲しくなりVictorのHR-3750からVHS時代が始まります。


2014年6月13日金曜日

亀有190巻目となるとあと2年と少しで・・・

せんべえ博士の内海賢二氏がお亡くなりになってからもう一年たちました。
ネット辞書には書いてありませんがテレビ創世記のドラマから私の記憶のある中ではガンバの
ヨイショ、ビートルズのチャート一位連続記録を断ったルイ・アームストロングと同名の
鋼の・・ルイ・アームストロング、私の確認した最後は銀魂の親分の役が最後でした。
80年代のジャンプのイベントで上映された両津 勘吉もでしたがビデオででていないよなあ・・・

2014年6月1日日曜日

スカパー標準画質放送終了

忙しくて見ていなかったのだが約3時間くらい前に終了したようだ(一部ショップチャンネルは放送している)1996年の10月始めころ広告でドリフの大爆笑(大爆笑はかなり前の放送分から頑張ってビデオにとって有ったがリピートされるんなら他の録画しとけば・・・と後悔)がリピートされていることを朝知って仕事帰りに即チューナーを買い放送になんとか間に合わせたと記憶している。
その後チューナーを4台まで増えたが今ではこの2台(1台予備)で契約も1契約で済む状況なので
今後増えることは無いだろう。ちなみにどちらのチューナーも”ICHINOMIYA”の記載が一宮で作ったのだろうか?

2014年5月28日水曜日

ワンピース、ハーロック、ビッケ、もっと古くは海○王子的(この中で2作が東映製作で歴史は繰り返すか・・あと古谷徹(13歳だって?)のこのエンディングのボーカルはとても子供とは思えなく末恐ろしいくらい出来が良いです。機会があれば(本編見たこと無いのですがコロムビア盤で))なダークなビデオを持っている方に4本見せていただきましたが、80年代後半の山口美江司会の修復したビートルズ、プレスリー、マイケル特番のときの映像とカラー版の別の日でノイズをのっけて色をおかしくしたフィルムバージョン(アングルはテレビと全く同じ)と表記があった。
当方のVTRの前編のドキュメンタリーっぽいのがあってブルーコメッツ、ブルージーンズ(エレキの神様不在)、ドリフターズの前座でCMはさんで本編と記憶している。


2014年5月25日日曜日

”いいとも”を見ていて、興味深い子がでている,な”こういうゲストがでているんなら絶対に面白いから終わることは無いよな?”と思いながらみていたらレベッカのボーカルでした。
バラエティ出たことないそうでしたが、さすが本物のオーラ出まくりでレジのネタ?を・・・
やっぱりバラエティは何か極めたものが他のことをがそれだと実感。

BEATLESの武道館の中継ビデオについてお問い合わせを多数いただきありがとうございます。
検証にお手伝い頂けるのは有りがたいのですが、コピー依頼等は問題がありますので
ご容赦願います。もし世に出せる状況になればそのときにお知らせいたします。


2014年5月24日土曜日

部品点数を減らしたエフェクターを試作
微妙に歪むのですがアンプが無いので音量が下がったり、
ちゃんとピッキングできないと使い物になりません。
昔コードに仕込みのを作ったときはもう少し歪んだ気がしたのですが・・
トランジスタ1石追加で考えよう。



その後さんま小堺の地方でしか見れないテレビをみちゃおうの内容が始まるまでの
パートを見て久々に大爆笑。

2014年5月22日木曜日

VOCALOIDのもと

この機械で仕事をすることは無かったが下のROLAND系の3Uくらいの
マルチ音源(型番忘れました)から始まってMT-32これは大阪のソフマップの店頭で
デモをしていてそのときのデータの出来が良くその後名古屋の撤退前のソフマップ
(ドスパラ資本の店はまだ無くて第一アメ横の左で仮設倉庫みたいな店舗でした)
でファミコンのディスクシステム用にクイックディスクのパチモノとコピーツールのウィザード98?
のファイラーと共に購入で(関係ない)MT-32のおかげで随分仕事になりました。
さてその後SC-55系をおっかけ最後はこの8850でこんなんでデモがそのままCDになったり
こんなんで良いのかな?と疑問に思いつつ・・その後仕事の内容が変わってきて音源を使うことは
なくなりました。

仕事は無いのですが、たまたま秋葉原のソフマップでデモをしていたMU2000
そこで流れていたのが”北酒場”ちゃんとこぶしをまわして?歌っていた拡張ボード
http://jp.yamaha.com/product_archive/music-production/plg100-sg/?mode=model
これに関心して北酒場を聞きたいが為に音源を購入
そのときはサンプリングが出来たりするのでなにか使えるかな?というのも有ったのですが
結局付属していたデモの出来の良さと+北酒場を歌わすセンスの良さが気に入っていたのですが
シーケンスソフトがROLAND系(プレリュード、BALLADE,CAKEWALL)ときて
CUBASEときていたのでYAMAHAのソフトは残念ながら使いにくくそのままになっていました。

その後ソフマップではなくて台湾のコンベンションだったかな?でVOCALOID(LOLAだっけ?)
を見つけて、外人系?を出るたびに購入してソフトの警告メッセージとかに使用していました。
その後日本で流行る使い方?以後は興味が失せました。(出来の悪さに嫌悪感さえあります。)
北酒場は残念ながらデーターのディスクを無くしてしまっているので再生出来ないのが残念です。

植木等ものも作成されたという話ですがどうでしょうかねえ。