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2018年12月31日月曜日

1964年東芝のステレオの革命ってなんでしたっけ?

昔東芝レコードの名古屋営業所がうちの会社の隣だったそうです。それだけで威張れます。(笑)


いろいろ資料を探しましたが残念ながら詳細わかりませんでしたが
名古屋の映画宣伝の神様がおっしゃったの
で間違いないです。
1955年以前はレコード会社はハードも作っているビクター(日産コンツェルンだったり東芝が支援してた時期もあり)コロムビア(日立と・・・新聞見なくともてんとう虫プレーヤーが日立から出たり、コロムビアの電源コードが日立のだったりとか・・)
東芝もその仲間(電蓄等はレコード事業と並行して・・)なのですが、レコードのあたり具合?に対して再生機器等気がないのがひしひしと・・(最初のメンテした機器はアンサンブルステレオでガラードのチェンジャーが付いていてどうでもよさげな感じでした。)
ボストンシリーズとか3点ステレオとか出力がステレオ逆位相で出てくるカートリッジ
とかいろいろあったのですが引っかかりませんでした。
 さてレコードに話を戻すと東芝は渡辺プロダクションの原盤権のビジネスの最初の
 植木等(ハナ肇とクレージーキャッツ)スーダラ節(JP-1300 1961年8月20日店頭出荷名古屋のパチンコ屋でかかって売れ出した説があるが真意はともかく好意的にみとこう)で結果が出たのでその後の邦盤の新しいビジネスがひろがったり、レコードが
赤かったり、九重 佑三子のネイビーブルーがダブリングやっていたりドラムのマイクの位置がそれまでと違ったり、シングルが昭和39年TP-1000番台でやっとステレオになったり
コンパクト盤がモノラルの曲がステレオ化されていたり(ビートルズもステレオ化、帰ってきたヨッパライはモノ)
坂本九の東京五輪音頭、ドリフの真っ赤な封筒がシングル盤とテイクが違ったりアレンジが違ったり、五万節が差し替えられたり、あと洋楽でのベンチャーズのライブ盤その時分のスプートニクス、アストロノウツ等エレキバンドの録音はオンマイクではないのですが東芝の2枚目のライブまで飛びぬけて出来が良い。(その後はステレオ感を出そうとしたのかマイクの位置が良くなくちょっと残念)あとシャドゥズもありのルイアームストロングの良さげな時期のレコードあったり、
隣で全盛時代の東芝レコードが埋まっているのではと考えただけでも楽しいものです。
そんなはずねえよ
あと作詞河野洋(放送作家)作曲:斎藤太郎(NTVディレクター)編曲:前田憲男(音楽家先日お亡くなりになりました。)NTVの九ちゃんからの企画でしょうか?

スタジオライブの様相な録音で失敗した演も録音に入っています。(演出上台本にあった?NTVのできるディレクターが噛んでいるので、そりゃあ計算上でしょう。)
最後だけフルバンドが入って盛り上がって終わるっていうショー的な方法はお手本に
しようと思っていますが私なんか貧乏性なのでガンガン鳴らしてしまうのは良くないです。
そうこれはタイトル変更されて2種類のジャケが存在します。
 ”九ちゃん”スポンサーからは万博まで視聴率が悪くても続けてくれという株主に頭が上がらない
(もしかすると株主もそんなに・・じゃなかったかも)今では考えられない状況で
したが、一二の九にタイトルが変わり公開バラエティからスタジオ製作に変わってひと月くらいで良くわからない理由?(マナセプロダクションと日本テレビのボタンとのアレで)で番組は半年で終了。残念ですが日本のミュージカルショーのお手本となる番組は無くなってしまいます。(最終回はラフ・インをお手本とした。(まだ作者も誰も見ていないはずですが・・記録に残っているので)半年後放映されるゲバゲバ90分の元的な回という記録が残ってます。

東芝レコードの歴史

1953年12月 東京芝浦電気(株)、英国EMIと原盤契約。
1954年 4月 グラモフォン建設部設置。工場準備にかかる
1955年 8月 レコード事業部新設
1955年 9月 エンジェルレコードの SP,EP、LP盤発売
1957年 8月 自主録音制作による邦盤レコード発売
1958年 4月 山下敬次郎”ダイアナ”某オクで談志師匠の遺品でANGEL盤が
       拝めました。 キング平尾昌章盤より1月先に発売30万枚販売
     6月 東芝・渡辺プロダクション提携の披露パーティー開催
       (これはその後効いてきます)
    12月 帯電防止レコードエバークリーン盤発売。(RED MAXじゃありませんよ)
        東芝レコード名義のレコード発売
1959年 3月 ステレオレコード発売
1960年 10月 朝日ソノプレス社との間でシートレコード制作提携
1960年    東京芝浦電気より営業謙譲で東芝音楽工業(株)設立。
     12月 営業開始
1961年  4月 東芝音工より東芝フォノブック発売
     7月 東芝音工に米キャピトルレコード社資本参加
     8月20日 渡辺プロダクションが原盤権をもつスーダラ節発売
1966年 11月 東芝音工、永田町にスタジオ完成
1969年  4月 東芝レコード(株)設立
1973年  10月 社名を東芝EMIと改称
ここまででしょうか。
AMAZONビデオで1回から50回までのサザエさんが見れます。がオープニングの東芝はカットされていました。が、茶の間のテレビがうちにあったのと同型の東芝のカラーテレビでした。その後1975年くらいにマイナーチェンジしたのに代わってテレビのステレオ放送が始まるくらいにステレオ放送対応テレビに変わってけっこう長かったような・・
今見ても面白いので正月はこれで過ごします。




2016年7月20日水曜日

大橋巨泉氏がお亡くなりになりました。

ジャズの司会評論あと映画”嵐を呼ぶ男”の作詞、NTVの井原番組の11PMワンコーナからメインの司会者(たしかシャボン玉ホリデー楽器で遊ぼうピーナッツやった人名前出てきません。坂本九のTBSでの踊るウィークエンドに名前がでてました。)が急にお亡くなりになりそこからメインの司会者にその後はあれよあれよでゲバゲバ90分、ロート製薬のクイズ番組、世界まるごとハウマッチ、残念ながら早く終わってしまった歴史ものハウマッチ?
ぎみあぶれいく等がありました。年初の徹子の部屋に先日亡くなった永六輔氏と出演していました。その後6月ころ手術の話があったのでまだお元気だと思っていましたが
ご冥福をお祈りいたします。

2016年7月13日水曜日

永六輔氏 83歳 お亡くなりになりました。 (夢であいましょう 補完分)

夢であいましょう  スタッフとともに
解るところで、下の段左から写真で永六輔氏、3番目EHエリック氏、渥美清氏、中島弘子氏、黒柳徹子氏、あと右写真で中村八大氏

夢であいましょう
左からディレクターの末盛憲彦氏、永六輔氏、中村八大氏

夢であいましょうリハ中の永六輔氏



2016年7月11日月曜日

ザ・ピーナッツの伊藤ユミさん死去 75歳

幕の裏からの映像でビデオが終わります。

後に放送作家の塚田茂氏が製本されて配布された台本です。

2016年4月12日火曜日

シャボン玉ホリデー ハロードーリーの回

シャボン玉ホリデーのタイトルは忘れましたがビデオになっていないピーナッツがハロードーリーを歌う回を見る機会がありました。

2016年4月4日月曜日

クリスタル型からセラミック型への移行時期 マグナファックス(磁気円盤録音)の周波数特性

1961年中旬ころのチラシだがナショナル型プラグインのアームとカートリッジのチラシがある。
1962年中旬位のナショナルのマグナファックスはセラミックカートリッジ搭載となっている。
1965年発売の日立のアンサンブルステレオシンフォニカ6000シリーズがクリスタルと
時期だけでは残念ながら判断は出来ないようです。
設備用のトランジスタのハイインピーダンスのパナアンプと対で使うプレーヤー


STT-66は針圧が他と比べると軽いので針支点が明確ではない(針の真ん中のゴムだかネジで止める少し前の細くなった部分か分からない)のからゴムの支点になって針が軽くなったからだろうか?(意味不明)あとナショナルのアンサンブルステレオでこういうタイプのMM型のアーム見たことがあります。(アームの根元が円盤状ででかいのはあとVICTORのチェンジャーでもあったような・・)
圧電型は音に癖というのは圧電素子の問題もあるとは思いますが針の振動がカートリッジ(アーム)で共振している問題もあるのでは・・

あとセラミックもクリスタルも圧電体からでている線(ひらひらのアルミみたいなの)が圧電体からの腐食物?で切れているのを良く見かけます。器用なエンジニアは代替品でアーム鳴り等改造して使えるようにするのだが私のところではそうは行かないのでバラしてなんとか繋げて直すのだが苦労します。




マグナファックス(磁気円盤録音)の周波数特性

・トラック幅 0.2mm(カセットの1ch分の三分の一)
・スピード17cmシートで16回転の場合 外周部は約14cm/秒だが内周で約7cm/秒。
8回転だとその半分
4トラ19cmのデッキがぼちぼち使えるようになるかな?の時代でマイクロカセット程度の
磁気の使用面積だと音はまだ厳しいと思われる。対抗馬の安い製品(キャプスタン無しのリールドライブで最初はテープスピードが遅く終わりに近づくとテープスピードが速くなる携帯型テープレコーダーが出回ったが当然定速度でテープ送られないものだから音はふるえるし、機器ごとの互換性は無く音楽なんかとても録れるものではなかったが、安い為か大量に輸出され日本製品の評判を落としたそうです。その後大量に電気街にジャンクが出て私も何台か買ってキャプスタン付けて携帯ステレオ機にしようとしましたが、無理で捨ててしまいました。)
が出るころには消えていた気がします。(ナショナルで3機種、資本提携の本家のビクターで5機種くらいで他のメーカー製は見たことは無いです。)ちと違うがビクターフォンテ(事務機ルートの商品だと思いますが電話とついで使う連続紙(ドットインパクトプリンタの紙))に磁気が塗ってあったと記憶していますが・・あとリオンのリオノコーダーですかな?(こっちはレコードのカッティングマシンです。)

小堺氏のいただきますも終わり(いいともの終わりと共に私の人生が終わりっぽくなったらビデオを確認します。)ニュースステーションもキャスター交代で季節の変わり目は寂しいことが多々ありすぎでいろいろ忘れました。
 

2015年6月17日水曜日

マグナファックス”磁気円盤録音機”
切削式レコードと磁気録音機のメリットとデメリットはCDとテープ(知らない世代も増えているが・・)違いですぐ分かるのでおいといて、両方の良さを取り入れたのがこの磁気円盤録音機で1957年くらいから放送用として磁気円盤録音機の研究が始まり1960年くらいに実用化され民生用としてナショナルと子会社のビクターから短い期間だが発売されたようです。民生用としては学習用としての使い方を提唱していて学校の視聴覚機器として導入された事例がある。
さて円盤録音機だがプレーヤーのカートリッジを磁気ヘッドに交換くらいとあと録音アンプくらいでテープレコーダの複雑なメカはいらないので(溝が初めから切ってあるのでそこをたどって録音する。)テープレコーダーより安く販売されていたがトラックが狭く(規格表があったが何処かにいってしまったのでうるおぼえだが・・)4トラカセットの1トラくらいで外周はともかく内周は三分の一くらいになるのでそれを回避するために内周は溝の幅を広くとっている仕様だったような。
ヘッドアンプもゲルマ2石で当時のアンプとテープ(盤)では厳しい状況だったと思う。あと
録音時間を稼ぐ為に16回転を推奨していてモノによっては8回転がついているものもあった。

VICTOR STL-8 定価 59800円
①ステレオプレーヤー ¥11000
  クリスタルピックアップ
  ターンオーバー式ヘッド
  ST,LP.SP共針圧7g
②2バンド・ラジオ付アンプ ¥37500
  7球2バンドラジオ付(AM×2(AMステレオ用)、SW)
  出力4W×2
③マグナファックスプリアンプ ¥10090
④磁気ヘッド ¥1210
バランス調整用リモコン ¥1000
マグネティックディスク
17cm盤 ¥100(8回転で10分)
25cm盤¥150円(8回転で16分)
 30cm盤¥200(8回転で20分)

個々に価格がついていたのは税制他の便宜上だろうか?
(あとマグナファックスのヘッドだけという形ではは別売していなかった。と思ったが・・・)

(後で分かったことだがプレーヤーに時代的に似合わないアームが付いていたアンサンブルステレオの修理を頼まれたのだがOTTOで見たことがある低出力のカートリッジが付いていたのを電磁型のカートリッジを使えるようにと頼まれたのだが、8回転というスピードが付いていてプレーヤーの横に何か組み込まれた跡があってなんだろう?(当時は8トラかな?)と思いピックアップを取り替えイコライザーアンプを追加した。左側のスピーカーの箱の中に日本の民生機では見たこと無いくらいの大きな電源トランスが付いていたのを見て不思議に思ってました。でこれがマグナファックスとの最初の出会いでしたが気が付くのに40年以上かかりました)



●DENON(デノン)DN-42M 2連式円盤式磁気再生機
ターンテーブル 35cm
回転数 33,45,78
消耗電力 200VA
円周リムドライブ、真空管式



●DN-33M 円盤式磁気再生機



●TTO(東京テレビ音響)TN-50
MD(マグネディスク、レコード共用)型


1959年の放送文化から
「この磁気円盤は、普通のレコードと同じ規格のビニール円盤で、溝のピッチのだいぶん粗い褐色の30cm盤です。録音時間は33回転で三分半でテーマ音楽、録音ニュース、音響効果などにはもってこいの有様。周波数特性は50Hzから10KHzまで一様で、SNは40dbで十分、ピチピチ雑音は無く、ゆがみも少なく、ゴーストも殆ど無く多少傷が付いても音に問題なく100回以上使える。」
とのこと



当時の学校放送、視聴覚教育の手引書にマグナファックスを勧めている文言を見たことがあります。これも”頭出しのやりやすさ”を押していました。(VictorのMDR-1型だと思うのですが上が透明になっている仕様のようです。)





シャボン玉ホリデー青島幸男台本にテープ、ディスクとの記載がありますが効果音はこのディスク
を使っていたのでしょうか?

2014年8月22日金曜日

ヤンマー一社提供のバラエティ飛べ!孫悟空
3本しかビデオを持っていなかったので有難い。
音楽バラエティショー(安居酒屋でもおっさんのぐち大会ではない。)
特に洋楽などカバーを使ったものは著作権料が異常に高く家でもあるバンドの記念カバー集を
企画したところ著作権料金だけでとんでもない金額になってしまい挫折しました。
作家の田村隆氏(これがNHKのハッチポッチステーションにつながっているのかな?)の本にもビデオ化は無理だろうということになっていましたが

法律が変わってネット放送の枠になったのでOKなのでしょうか?
さて利害関係バリバリの番組しかない状況で番組の視聴者層は子供でヤンマー
まったく接点が無いように見えます。坂本九のイチ・ニのキュー!は味の素一社提供で
スポンサーは視聴率に関係なく万博までやってくれという話が残っていますが・・
(前の九ちゃんはおそ松くんと同じ時間に移動させられたくらいですから・・・
視聴率は言うまでもないです。)


http://tod.tbs.co.jp/item/3491/

画質とか音は自身を持って文句言わない派なのですが・・ネット配信もう少しなんとかならないものでしょうか?さすがに音がピーピー言っているのは・・

あと思い出しましたがビートルズの日本語の替え歌はダメじゃなかったっけ?
たしかそういうのがあったような・・・

2014年7月28日月曜日

PIONEER Electronics 50 Year History

 http://youtu.be/cLgIV1wRfHc

ナビゲーションシステムを発売する以前までのパイオニアのビデオです。
有志の方が作られたのか良く分からないのですが(シャボン玉ホリデーのローバンドVTR時代のカラーパートで現存しているものが挿入されているがザ・ピーナッツが広告に出ていたためだろうか?・・番組には直接関係していないはずだが・・となると?)
AMステレオ放送(2波つかうのね)の聞く為の準備方法とか聞けたり、ラジカセ”ランナウェイ”のCMがあったりでこういうのは嬉しいです。残念ながらステレホンとかアンサホンあとONKYOと共に
即撤退した白黒テレビ(音が良いというのが売りだったが・・・ちなみにカラーテレビはLDのときに当たったと思いました。)その他聞いたことも無いものが無かったのが少し残念ですが・・

なお尺が50分と長いので要注意

2014年2月3日月曜日

来週放送分が永井一郎バージョンのストックが最後らしいです。
フジテレビのスローガン”母と子のテレビ”(記憶違いはとファンタジーかもしれませんが許してください。日本テレビ、TBSに遅れて始まった局なので他局との違いを出していかないと残れませんので)ということで他局に対抗するためにアニメ攻撃ということで日曜の夜の18:00からタツノコプロのハクション大魔王(そうだよこれも1969年10月5日前にも書きましたがこの月は後々残る番組が多々・・濃すぎます。)でその次サザえさんで19:00からバレーマンガのアタックNo.1、で
カルピス子供劇場がムーミン(テレビ版はキテレツの声の人のが歌ってますが、レコードは、松島みのり(ミートくんの声)、あと玉川さきこ(子役?後に声優)などカバーが沢山出ていましたがレコード対象はビクターの玉川さきこが章を戴いた様相が現存しています。で後にハイジとかハウス劇場に変わりいろいろ続きました。)若い子にいっても理解できないくらい強力でチャンネルを替える事は無いでしょう。ちなみに裏は18:00からまたまた強力な澤田隆二のてなもんや三度笠は半年前に終わっていて、その次回作は良く分かりません。で、18:30からはバラエティの金字塔シャボン玉ホリデー・・あーあー。その後は歴史です。
 ちなみにフジテレビの裏に日本テレビ版ドラえもんがいた時代がありませんがフジテレビはマジンガーでチャンネル替えさせないラインナップが80年中盤まで続いたと思ってましたが。今思い出しました!そういえばキテレツ、両さんと続いたんで2000年越えしてました。まあ長く続いたもんだと。

新横浜駅は通勤駅?なのですが快速が行っても普通が行っても駅の待合席?に人が張り付いていてじっくり見る機会がありませんでした。どう見ても70年代のラインナップにしか見えません。

 

2014年1月1日水曜日

'68ベストグループサウンズ



放送 1968年12月31日 19:00~20:56 フジテレビ

日本劇場よりカラー生中継

<コント>

ザ・ドリフターズ
コント55号

<司会>
なべおさみ
小松政夫

<スタジオ>
星加ルミ子
山内賢
前田武彦
芳村真理

ー出演順ー
ブルーコメッツ
オックス
ザ・テンプターズ
ザ・ワイルドワンズ
ヴィレッジシンガーズ
ジャガーズ
ザ・タイガース
バニーズ
ザ・カーナビーツ
ザ・スパイダース
パープルシャドーズ
ザ・ゴールデンカップス

2013年12月16日月曜日

ゴールデンボーイズ

半田で創業今では某日本2大レンタル巨塔の片方の店(この社長のおかげでライブラリーを残すことができ尊敬と感謝しています。)ビデオテープが日本の何処に行ってもそこより安い店は無かった
。そこで買った大切なテープ(まだ電気店ではショーケースにテープが飾られていて鍵あけて買っていた時代です。)を節約のために2台使ってダビングしてCMカットしていました。
で今回のゴールデンボーイズなんですが当時は93年なので三菱のHV-36Vだっけ?ジョグシャトルついてフライングイレースのSVHS機を送りに受けがSONYの8mmでEV-S800で保存していたのだがぼちぼちテレビもつまらなくなってきたこともあり管理が杜撰にターボがかかりマスターの一部はあるが全編ないと言う状況で困っていましたが有難いです。
 両さんの話にもありましたが私が飛びついたメディアは絶対に無くなるというのが付近での定説で私の押す規格(おしてないけど) は皆さん避けていたようで、たしかにMO、HI-MD、そしてベータマックスは私の付近では誰も使っていなくレンタルもできないという状況もあり仕方なく・・・
 β1で1時間でL750で1時間半なんとか頑張って映画を1本におさめてましたが、VHSの3倍だと6時間はどんだけとっても満タンにならないと狂喜でした。
 20年後D-VHSで1本のテープで24時間とまた狂喜しましたがあっという間に消えてしまいました。その後のPIONEERのDVDレコーダー(規格以前のものなので)これも捕まえてしまい失敗でした。デッキ動くうちに何とかしないと・・・



といっているうちにまたPCが立ち上がらないとのことで現場に・・・
ここも掃除したら立ち上がらなくなったとのことで今の季節多いです。
昨日と同じようにBIOSすらの状況ですがHDDはOKでデーター取り出して
新しいPcに入れ替えて終わりです。ちなみにメモリーも不可でした。最近本当に多いです。
ただこの機械はWIN98で構成されていて当然目的のアプリケーションがWIN98でしか作動しないのとそのソフトを作ったところがなくなってしまった。あと他の機器との兼ね合いの問題あとこの先の日本の行く先の問題でリプレイスできないとのこと、まあ単独でネットにもなんにもつながっていないのでまだまだ生き続けても問題ないのではと思いますが。


ゴールデンボーイズは又今度。

2013年12月12日木曜日

第二第三のLittle Gold ”Sawa”

ゲバゲバ90分、カリキュラマシン、プリンプリン物語、ドラえもん、そしてサザエさんと
終了してから20年以上当時レコード化されなかったものがCD化されて評価されることが多い
長く生きていて良かったと思う反面いろいろな疑問があるがつまんないので触れないでおいて
楽しいことを・・昔レコードは廃盤というルール?があっててカタログから消えて店頭には廃盤通知なるものがきて返品されるという。当時欲しくなったものが丁度廃盤になりレコード会社に戻ってきたものをまわしてもらえるかも・・と言うことで探してもらったが残念ばがらOUTでした。
となると当時はどんどん良いもの売れるものが次々出ていたので過去のものに光が当たる
可能性は少なくとなると、中古レコード屋を回るしかない。それで仕事の無い日は必ずルートで中古屋を回っていました。そして出たばっかりのレコードマップを手がかりに日本全国のレコード屋
を回っていました。未だにどのレコードが何処の店のどの辺りにおいてあったのか克明に
覚えています。そこから2000年に近づくにつれ過去の再発が多くなり中古盤屋を回ることが
全く無くなり何でも手に入りましてや動画サイトでただで見れるとは・・希望の時代なはずなのですが同時に夢も希望もなくなってしまったような・・・ぜんぜん楽しい話ではないな。
追加で探偵物語のサントラ2チャンモノで収録されています。
これも楽しめます。

東京ムービーとかこのあたりの話は又後日
 

2013年10月19日土曜日

SONY CV-2000(CV-2100) VTR


CV-2000
CV-2100

1965年に発売された世界初の家庭用VTRで日本では198,000円、アメリカでは約698ドルで売られていたようです。(1ドル360円時代なので)放送局用のVTRの価格を100分の一にするために
いろいろなアイディアが投入されています。
1、ノイズは多いが耐久性の高いフェライトヘッドの採用、オールトランジスター
2、テープの使用量を減らすためにフィールドスキップ録画を採用で幅の広いヘッドが使用できるので互換性には有利、早い動きのある映像にぶれが出たり映像を間引くため解像度は落ちますが当時録画できるのだから大きな問題ではないです。
3、サーボ回路を緩いベルトに電磁ブレーキをかけるなドラムサーボのみそして1モーターですべてを制御、ちなみに後のβマックスSL-8500にて1モーターでローディングからすべて実現しています。このVTRは当時簡易型VTRに分類され追従するメーカーもなく他社はフルフィールド機からの発売となります。前にも書きましたがフィールドスキップ録画、2ヘッドヘリカルスキャンはVictorの特許ですが画質が良くないので自社の商品には採用せず。もし販売していたらもっと早く歴史が変わったかもしれません。
SONYは以前国産テープレコーダーを販売したときにテープレコーダーの使い道99条なる(すみません。タイトル忘れました。)小冊子を作り需要の無いところに需要を、今はありませんが靴の無いところの住民に靴を売るような感じです。とうぜん今まで靴無しで生活してきたのですから必要は無いです。でも靴を履くことのメリットを訴えそういう習慣を作れば定着します。時間がたつと忘れることですが、私も携帯電話を始めて持つときに当然デメリットを考えました。しかしメリットも捨て難いものがあるので今当たり前のように持ち、携帯を持たない生活などありえない状況になります。
SONYは技術といいますが技術以上にコンセプトがしっかりしていたのでこの画質の悪いVTRですが他社は製品化しませんでしたがSONYは商品化してVTRを家庭に送ることができたがこそ
紅白、ゲバゲバ他、てなもんや三度笠等放送局に保存が無い番組を今見ることができることできます。
後のブランドイメージができたのではないかと思います。
(日本テレビの井原番組”九ちゃん”がどうしても見たい。音楽沢山使っているのでソフト販売は音楽著作権料が膨大な金額になるので無理だろうなあ・・・でなら放映でも。)
ゲバゲバ90分
CV型ビデオを見ながらの構成者の右から三木鶏朗、キノトール、三木鮎朗、井原高忠プロデューサー



2013年9月21日土曜日

TVバラエティ放送台本

80年代くらいまではあったTVバラエティー番組は残念ながら
保存と権利関係の問題により今見られない状況にあります。
せめて放送台本からその匂いでも・・と今後いろいろ調べていきますが
これもまた私の管理がずさんな状況なので何があるかよくわかりません。
これも含めてが課題です。