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2020年12月12日土曜日

小松政夫様がお亡くなりになりました。


作:河野洋、音楽:斉藤太郎、クレージーの犬塚弘、そして小松政夫そりゃあみておかないと、というわけでうちの若者連れて見に行きました。
めんどくさい私も当時を知らない若者も満足して帰ってその後何年かして東京で再演したのを終わった後に聞いて悔みましたが・・
 あと伊東四郎と小松政夫のコンビのコントが70年代後半に沢山の番組がありましたので
どれがどれだか記憶が定かではないのですが、ナベプロ番組のみごろたべごろの電線音頭、あと11PM、今夜は最高のタモリとの宴会芸これも絶品でした。
ご冥福をお祈りします。
今年は年号が変わったくらい変化がありました。

天国のシャボン玉ホリデーいろいろ考え深いものがあります。

2018年12月31日月曜日

1964年東芝のステレオの革命ってなんでしたっけ?

昔東芝レコードの名古屋営業所がうちの会社の隣だったそうです。それだけで威張れます。(笑)


いろいろ資料を探しましたが残念ながら詳細わかりませんでしたが
名古屋の映画宣伝の神様がおっしゃったの
で間違いないです。
1955年以前はレコード会社はハードも作っているビクター(日産コンツェルンだったり東芝が支援してた時期もあり)コロムビア(日立と・・・新聞見なくともてんとう虫プレーヤーが日立から出たり、コロムビアの電源コードが日立のだったりとか・・)
東芝もその仲間(電蓄等はレコード事業と並行して・・)なのですが、レコードのあたり具合?に対して再生機器等気がないのがひしひしと・・(最初のメンテした機器はアンサンブルステレオでガラードのチェンジャーが付いていてどうでもよさげな感じでした。)
ボストンシリーズとか3点ステレオとか出力がステレオ逆位相で出てくるカートリッジ
とかいろいろあったのですが引っかかりませんでした。
 さてレコードに話を戻すと東芝は渡辺プロダクションの原盤権のビジネスの最初の
 植木等(ハナ肇とクレージーキャッツ)スーダラ節(JP-1300 1961年8月20日店頭出荷名古屋のパチンコ屋でかかって売れ出した説があるが真意はともかく好意的にみとこう)で結果が出たのでその後の邦盤の新しいビジネスがひろがったり、レコードが
赤かったり、九重 佑三子のネイビーブルーがダブリングやっていたりドラムのマイクの位置がそれまでと違ったり、シングルが昭和39年TP-1000番台でやっとステレオになったり
コンパクト盤がモノラルの曲がステレオ化されていたり(ビートルズもステレオ化、帰ってきたヨッパライはモノ)
坂本九の東京五輪音頭、ドリフの真っ赤な封筒がシングル盤とテイクが違ったりアレンジが違ったり、五万節が差し替えられたり、あと洋楽でのベンチャーズのライブ盤その時分のスプートニクス、アストロノウツ等エレキバンドの録音はオンマイクではないのですが東芝の2枚目のライブまで飛びぬけて出来が良い。(その後はステレオ感を出そうとしたのかマイクの位置が良くなくちょっと残念)あとシャドゥズもありのルイアームストロングの良さげな時期のレコードあったり、
隣で全盛時代の東芝レコードが埋まっているのではと考えただけでも楽しいものです。
そんなはずねえよ
あと作詞河野洋(放送作家)作曲:斎藤太郎(NTVディレクター)編曲:前田憲男(音楽家先日お亡くなりになりました。)NTVの九ちゃんからの企画でしょうか?

スタジオライブの様相な録音で失敗した演も録音に入っています。(演出上台本にあった?NTVのできるディレクターが噛んでいるので、そりゃあ計算上でしょう。)
最後だけフルバンドが入って盛り上がって終わるっていうショー的な方法はお手本に
しようと思っていますが私なんか貧乏性なのでガンガン鳴らしてしまうのは良くないです。
そうこれはタイトル変更されて2種類のジャケが存在します。
 ”九ちゃん”スポンサーからは万博まで視聴率が悪くても続けてくれという株主に頭が上がらない
(もしかすると株主もそんなに・・じゃなかったかも)今では考えられない状況で
したが、一二の九にタイトルが変わり公開バラエティからスタジオ製作に変わってひと月くらいで良くわからない理由?(マナセプロダクションと日本テレビのボタンとのアレで)で番組は半年で終了。残念ですが日本のミュージカルショーのお手本となる番組は無くなってしまいます。(最終回はラフ・インをお手本とした。(まだ作者も誰も見ていないはずですが・・記録に残っているので)半年後放映されるゲバゲバ90分の元的な回という記録が残ってます。

東芝レコードの歴史

1953年12月 東京芝浦電気(株)、英国EMIと原盤契約。
1954年 4月 グラモフォン建設部設置。工場準備にかかる
1955年 8月 レコード事業部新設
1955年 9月 エンジェルレコードの SP,EP、LP盤発売
1957年 8月 自主録音制作による邦盤レコード発売
1958年 4月 山下敬次郎”ダイアナ”某オクで談志師匠の遺品でANGEL盤が
       拝めました。 キング平尾昌章盤より1月先に発売30万枚販売
     6月 東芝・渡辺プロダクション提携の披露パーティー開催
       (これはその後効いてきます)
    12月 帯電防止レコードエバークリーン盤発売。(RED MAXじゃありませんよ)
        東芝レコード名義のレコード発売
1959年 3月 ステレオレコード発売
1960年 10月 朝日ソノプレス社との間でシートレコード制作提携
1960年    東京芝浦電気より営業謙譲で東芝音楽工業(株)設立。
     12月 営業開始
1961年  4月 東芝音工より東芝フォノブック発売
     7月 東芝音工に米キャピトルレコード社資本参加
     8月20日 渡辺プロダクションが原盤権をもつスーダラ節発売
1966年 11月 東芝音工、永田町にスタジオ完成
1969年  4月 東芝レコード(株)設立
1973年  10月 社名を東芝EMIと改称
ここまででしょうか。
AMAZONビデオで1回から50回までのサザエさんが見れます。がオープニングの東芝はカットされていました。が、茶の間のテレビがうちにあったのと同型の東芝のカラーテレビでした。その後1975年くらいにマイナーチェンジしたのに代わってテレビのステレオ放送が始まるくらいにステレオ放送対応テレビに変わってけっこう長かったような・・
今見ても面白いので正月はこれで過ごします。




2017年3月15日水曜日

三重県で20日まで「植木等と昭和の時代」三重県の博物館で
http://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/m0013700049.htm


2016年7月11日月曜日

ザ・ピーナッツの伊藤ユミさん死去 75歳

幕の裏からの映像でビデオが終わります。

後に放送作家の塚田茂氏が製本されて配布された台本です。

2016年4月12日火曜日

シャボン玉ホリデー ハロードーリーの回

シャボン玉ホリデーのタイトルは忘れましたがビデオになっていないピーナッツがハロードーリーを歌う回を見る機会がありました。

2015年4月28日火曜日

ジャッキー吉川とブルー・コメッツの江藤勲氏がお亡くなりになりました。
先週の加瀬氏に続いてというのは・・・・

2015年4月23日木曜日

昨日ドラマ”シャボン玉のころ・・”の青島幸男役の萩原流行氏がお亡くなりになりました。


2015年4月21日火曜日

加瀬邦彦氏が死去

東芝のシングル盤でステレオ盤に切り替わったと思われる時期に謎のモノラル盤でも発売の思い出の渚(帰ってきたヨッパらいは外部製作なので除外、ステレオモノラルのはなししは後日で)。神様が病気でブルージーンズを抜けて後のビートルズの武道館をこなした.
(と思っていたがそのときにはブルージーンズには加瀬氏はいなかったようだ。神様も加瀬氏も居ないとは・・・久々にビデオを確認してみよう。)
その後ワイルドワンズを結成その年の11月には後に残る”思い出の渚”発売と活動の結果を残すのが難しい昨今では凄いというしかないのだ(当然ナベプロのDNAが入っているので他のGSとはちょいと違うしリバイバルしたときの活動の方法もさすがです。手元の新しいビデオはひょうきん族に出ていたのが残って言います。)・・・さてYAMAHAのブルージーンズモデルの12弦についてはいろいろ研究されている方が沢山いらっしゃるのでお任せしておいて私的には今でも使用に耐えうる楽器なのでとってあります。
お疲れ様でした。

2015年4月20日月曜日

猫も杓子もミュージカル時代もありましたが・・・

不良が嫌いなので避けていたのだが”ウェストサイドストーリー”のサントラを聞いている。
(ひょうきん族でこれのパロディーで牛の吉田くんが出てきて”モーで”たけしがハナ肇さん見ていますか?というのが印象で他は記憶にない)
その後ミュージカルブーム?みたいのがきて(こさせた?)映画もテレビも実演もウェストサイドストーリー状態だったらしい。あんまりよい曲は無い。(ディズニーXDでやっていた。(今やっているようです。)”The Suite Life of Zack & Cody”で歯にお肉が挟まった・・というようなウェストサイド・・からの曲のパロディー
はここからか・・・ということもあったっり(お笑いはモノを知らないと楽しめない典型的な例で・・)まだ勉強が足りません。)(日本語版は声優の出来が(台本も元の主題の俳優より脇が非常によろしい。)良く機会があれば見たほうが人生有効に送れます。)青山 穣氏は最高です。



今甦るザ・ピーナッツ伝説
~愛と絆が生んだ永遠のハーモニー~
http://www.bs-tbs.co.jp/music_stage/thepeanuts3/

4/17にあったらしいが気が付かなかった。TBSは同一素材でやりすぎくらい、NHKはまあまあ、日本テレビ物は何故か出てこない。

・レコードは1300回です。

2015年4月15日水曜日

レコードの耐久テスト2

片面約3分で1回なので針の使用時間は約10時間なのでサファイヤの針は耐用時間10時間くらいという説があるので200回で一応針を交換しておいた。今後も200回で交換すれば良いだろう。
ずっとスピーカーから再生音が流れているので少しの変化でもあればわかる。
音の変化は何も無いがリード部分にうっすらと針が溝に落ちずに横切ったあとくらい。




ムーミンの歌は藤田淑子(渡辺プロにいた”なるほどだからか・・”と思いたいところだがネットの記述でナベプロの資料からそれらしきものは確認できなかった。スクールメイツにいたのかな?)音源、松島みのり音源、玉川砂記子音源があるがレコード大賞いただいたのが玉川盤。1969年10月開始の音源で各社競作というのも珍しいです。1965年以前はどれが
本物か?分からない状況(演奏、歌が首を傾げる状況のハズレの盤がある)があったのですが・・
これは売れるという状況があったのでしょうか?

センタースピンドルの穴?当初の予定では上のビクター系列の星型の予定だったがどうやら日本以外では無いようで
下のようなヨーロピアンタイプ(というらしい)になった。ビクター系列の星型は東洋化成に見学に
お伺いしたときにそういう型があって打ち抜くとお聞きした。Victorだけにニッパーで切ればQJYだったか9JYだったか忘れたがチェンジャーでかけられる。チェンジャーのための大穴だが他社は
こういう穴に追従するところは日本では見たことが無い。通常の穴にすれば終わりだし。
ビクター系列は同じレコードでも星だったりドーナッツだったり普通の穴だったりで東芝の赤盤と
同じく良く分かりません。




2015年4月12日日曜日

TV アニメ美味しんぼ 第069話で声当てている落語家の役とリアルな現実が見てて考えさせられます。
先代の林家三平氏の凄さの一片は前に紹介した山本直純の”オーケストラがやってきた”のDVDの一分間指揮者
のコーナーに収録されているが存在だけで周囲の空気が変わっている様子が確認できる。
最近の落語にしても様式美だけではなくもう少しどうにかならないものですかね。


踊って歌って大合戦がビデオに音声のみ収録されていた。勢いすごさ面白さのかけらだけでも味わうことができるので
見ておいたほうが良いです。
CDのほうにテイチクから出たのは収録されずに残念。レコード音源ではないと思うのですがザ・ピーナッツとのふりむかないででも収録されているので気になる方はご確認を。
ビデオのライナーにフジテレビの横澤氏の寄稿があり。そこから転載。
落語界では人気沸騰、客を呼べる落語家になることを<<化ける>>という。
またキャラクターに面白味があることを<<ふら>>があるという。林家三平は、さしずめ<<大化け>>で<<大ふら>>の不世話の落語家と言えるだろう。いや落語家という垣根を飛び越えた大エンターティナーと呼んだほうがぴったりする。
山本直純で思い出しましたが娘の泰葉はタモリの今夜は最高の永六輔の回、山本直純の回(2本録りで永六輔の回は山本直純が友情笑い声?で出演、山本直純の回はオーケストラの中のホルンの役で)にホストで出ていて気の効いた受け応えで弟2人を超えているなあ・・・カッコいい音楽できて気が効くんだから父親以上に・・と期待したものです。

三平師匠の家にシバデンのVTRがあったのでもっと油がノリまくっている芸が残っていたら見たいものです。

別件でいろいろ調べている中で1969年7月21日のアポロ計画の番組で山本直純氏が宇宙服を着たスチルを見つけた。

2014年11月4日火曜日

完全燃焼60曲!ザ・ピーナッツSP
~ふたりの絆が生んだ奇跡のハーモニー再び~

2014/11/8(土)
よる6:30~8:54

http://www.bs-tbs.co.jp/music_stage/thepeanuts2/


夏に続いてこういう企画はありがたい・・・


某ポータルサイトのニュース欄に鳥が飛んだ程度の音楽関係のニュースが毎日飛び交うのは
見るに耐えない。某所はhttp://ai.yimg.jp/を読み込まないようにすれば左右にと
こんにちは~さんの上の動くうざいのが見えなくなるのでいろいろと良いのだが
さすがにマヌケニュース及び大本営発表は見えないように出来ない・・・
良い話、尊敬できる話とかないもんですかね?






2014年9月15日月曜日

井原高忠さんが死去

学生ウェスタンバンド(といっても売れに売れていて新東宝の映画にもでていました。)
”チャックワゴンボーイズ”のベースマンから卒業後日本テレビに入り”音楽班”で
ざっと調べて記録にあるだけで
昭和31年10月14日サンデーミュージック
昭和32年5月4日”ペトリヒットアルバム、5月5日”ナンバーワンショー”
(昭和32年10月24日”ペトリミュージックパラダイス”秋元氏の名前が・・)
そのなかで昭和31年5月10日”僕と私のファッション”司会:井原高忠の名前が
作家が出るのはよくありますがディレクターが・・と思いましたがその後にカリキュラマシーンで
齋藤太郎氏の件もありますので適材適所ですかね。

(表面上ゲバゲバの白黒VTR(CV)は局で見つけられたということになっていますが本人が保有していたものっぽいです。小林信彦の書籍でもVTR保有を確認しています。前に乗っけたゲバゲバのVTRを三木とりろうとみている写真を載せましたがその時のCV2000も本人の可能性が・・)
24時間テレビ以後テレビを(表面上)引退してしまったのですがテレビバラエティの神様が本当に
居なくなったというのは辛いところです。

この2枚のLPはバンド仲間ということでジャケの絵を描かれています。

そうだよ渡辺プロダクションのピーナッツの名づけ親でもあったんだよなあ。
いろいろあるんですがあまりにも急で何かいたら良いのか・・・
それにしてもポータルサイトから一瞬でトップから消えたり
すんのはどうかと・・これが現状ですかね・・・

残念ながら後の匂いしか嗅げなかった世代のため想像しかないのですが・・
こうあるべきというのが最近のすべての作品に無いようなのが気にかかります。
ゲバゲバ90分の第一期の最終回でディレクターが𠮟っているスケッチ(DVDに収録されています。)がありますが今ではそういうことのできる人を見ません。
全く。

九ちゃん、イチニのキュウ、スタジオNO1ダンサーズ(初のテレビ局お抱えのダンスチーム)
沈没期(九ちゃんが始まる前)他局のバラエティを手伝っていた説も・・



シングルが見つからなかったのでコンパクト盤で
”結構だね音頭”作曲編曲が宮本武蔵となっておりますがこれは氏のものでは・・・
大当たりしてレコードがなくなるまでカタログから消えなかったジェンカのB面は作曲:斉藤太郎
となると・ふぁんたじーの世界の話ですけどね
ちなみに渡辺プロの社長も池すすむ名義で詩を書かれています。

2014年8月22日金曜日

ヤンマー一社提供のバラエティ飛べ!孫悟空
3本しかビデオを持っていなかったので有難い。
音楽バラエティショー(安居酒屋でもおっさんのぐち大会ではない。)
特に洋楽などカバーを使ったものは著作権料が異常に高く家でもあるバンドの記念カバー集を
企画したところ著作権料金だけでとんでもない金額になってしまい挫折しました。
作家の田村隆氏(これがNHKのハッチポッチステーションにつながっているのかな?)の本にもビデオ化は無理だろうということになっていましたが

法律が変わってネット放送の枠になったのでOKなのでしょうか?
さて利害関係バリバリの番組しかない状況で番組の視聴者層は子供でヤンマー
まったく接点が無いように見えます。坂本九のイチ・ニのキュー!は味の素一社提供で
スポンサーは視聴率に関係なく万博までやってくれという話が残っていますが・・
(前の九ちゃんはおそ松くんと同じ時間に移動させられたくらいですから・・・
視聴率は言うまでもないです。)


http://tod.tbs.co.jp/item/3491/

画質とか音は自身を持って文句言わない派なのですが・・ネット配信もう少しなんとかならないものでしょうか?さすがに音がピーピー言っているのは・・

あと思い出しましたがビートルズの日本語の替え歌はダメじゃなかったっけ?
たしかそういうのがあったような・・・

2014年8月21日木曜日

テープの整理をしていたらテレビ朝日で谷敬と高見ちか司会(宮川泰先生も)でオールディーズの特番を1985年8月12日の日航機航機墜落時に放送していたテープが出てきました。
番組開始15分後くらい元シャネルズの歌の途中で速報があり”羽田発の大阪行きの日航123便がドア故障で急降下するとの連絡後レーダーから消えました。乗客乗員479人が乗っており確認中です。”とスーパーが入り
その後佐々木いさおの歌の途中の約25分に番組が中断で墜落の可能性の速報で”長野県南佐久郡臼田町の警察署に19:05ころ群馬県との県境におちたとの住民からの報告があったようです。”2分くらいで速報は終わり通常の番組にもどり
50分に番組中断”墜落の確認した。”情報が入り次第お伝えします。
その後の宮川先生のメドレー中はなにもおこらずに番組は終了。
(当時名古屋テレビはステレオ放送をしていなかったのでモノラル放送・・・
9月くらいに仕事で東北にそのときステレオでこの番組をやっていたので録画したので
(当時は当たり前のようにSL-J7とVHSのデッキを持って歩いてました。)中断の無いのがあるはずなのですが見つかりません。)


昨日書いた日本テレビでの21時からの植木等司会の軍楽隊の番組中の中断は無いようで
途中に”このあと10時から定時番組を変更して日航機墜落情報の報道特別番組を・・”とスーパーがでています。
この後は数週間テレビは大変なことのなります。

どちらもナベプロ製作です。


2014年7月19日土曜日

ローランドの上場廃止
風がふいているときは流れに乗ればいいのだが無い場合方向が決めることが及びその方向を第三者に説明し納得させるのは難しい。渡辺プロダクションもパイオニアレコードから資本撤退したときに株式上場には向いていないとの話がある。
先々を見て新しいことをやろうとするとそれが生涯になる場合が多々ある。

あとSONYも渡辺プロもROLANDもクセのある創業者がいなくなったときどうなっていくのだろうか。
大体大きくなると訳の分からん銀行屋とかはいってきてなんの会社だかわかんなくなったり
仕事しないものが権利を行使し、仕事している人間が駆逐されるのを何度も見ているがこのままでよいのだろうか?というかいいはずねえよ

瀬戸てんやわんやの家族対抗歌合戦の商品ローランドの電子ピアノ(コロムビアのうたうパンダ(プレーヤー))くらいから気になっていたメーカーで前にも書いているがローランドの先進的な機器のおかげで音楽に関わる仕事ができたのは非常に感謝しています。
そうそう3Dプリンターとか巷で流行る10年以上前に3Dスキャナー、3Dプリンター(即買ったがスキルが無さすぎで使えませんでした。あとステッカーマシンステカ)あとビデオくん(テロッパー)とか
スイッチャーとかプロ機でとんでもない価格のが家庭用で使える程度になどSONYとは違いそういうプレゼンをすることが少なかったので知名度は低いがこういうのが本当のベンチャー企業
だったと思うのだが・・・
そういえばACETONEを乗っ取られたのでROLAND設立という経緯もあったりする。

ローランドの梯郁太郎はオルガン(当時最新の電子楽器)について電気技術雑誌で
連載枠をもっていたり・・そういう人はいないよなあ。
ロックの殿堂は前に書いたと思う。


注:ベンチャー企業とは最近は若いだけがとりえで浅墓などうでもいいことをやっている企業を指す   ことが多いが国はこういうのを促進させようとしているのか?

それにしてもYAHOOのトップは”オバマ露側地域から発射”とか東スポ状態なのですが
状況が状況だけに肝を冷やします。   

2014年3月1日土曜日

嵐を呼ぶ男は石原裕次郎版、名前忘れた石原プロのひと、テレビファソラシドきんぱち先生に出てた人版があるが、ぼちぼちネタがないんでやるんじゃねえの?


相変わらず名前が出てこないが、今出ました。渡哲也と近藤正彦です。この2人のは見たことはないのだがまあ機会があれば見たいところですが、さて石原版は映画最絶頂期そして今後何本も作られるこれから大帝国ができていく過程のナベプロをお手本にした映画ですが社長のDNAが入っているような匂いが(エンターテイメントで必要なこととか・・バンドマンの皆さん避けていた残るための提案みたいな・・)あるんで・・いやある気がするんで是非とも見ておいたほうが良いのではないかと(ドラム合戦のバンドでベース弾いているのが社長本人です。嫁は言わずとした役で・・あとクレジットには出ていませんがトラ箱?でフランキー堺もでてます。)思います。
この映画を公開がナベプロが1955年1月発足で映画公開が1957年12月公開なので短期間でこういう映画が作られたのは当然世の中の関心が無いと成立しないのでそれにしてもねえ・・・
 さて本質に戻しましょう。裕次郎が始めにドラム叩くシーンでレビュー(バーレスクショー)が挿入されていますがこれはジャズ喫茶(ライブハウス)ではなくてバンドの仕事としてキャバレーの営業だと思いますが、生のバンドだと何か楽しいのですがテープだとどうでしょうか?ビデオ及び性風俗の緩和化?もあり残念ながら作りもの?より素の状況がありがたがられる状況で・・
・(適当に録って編集・・あ!最近のテレビも)

バーレスクショーとかも当然日本に入ってきてオリジナルの発展を始めるのですが残念ながら
”えろ?”の部分だけ発展?退化?
してエンターテイメントなんて消えてしまったというのは残念です。
 これはこういうものだ!という姿勢がないとお客さんの望むように・・それでは破滅に向かうだけです。政治も国民の視点なんかで動かしたらとんでもねえことに・・ならなければいいのですが。
 




1958年TBS製作のマンモスタワー(ビデオ現存)で映画が落ち始めているような感じに
なっていますが、まだこのころ企画、製作スピードの速さあとセンスについては映画のほうが
まだいけています。映画もテレビもラジオも新聞雑誌もそのメディアの特性を生かして
変に群れるクセを辞めれば存在の価値が出てくると思いますが。(テレビも個人のネットも同じ子とやっているようではねえ・・)そうそうアメリカの3大テレビネットワークはでかいとこしかできないことはでかいところがやって小さいネットワークはそのできることで・・・とやっているそうですが
日本はどうでしょうか?東京のキー局が独立のU局よりショボイことやっていないでしょうか?
あ!ネットもね。

2014年1月1日水曜日

'68ベストグループサウンズ



放送 1968年12月31日 19:00~20:56 フジテレビ

日本劇場よりカラー生中継

<コント>

ザ・ドリフターズ
コント55号

<司会>
なべおさみ
小松政夫

<スタジオ>
星加ルミ子
山内賢
前田武彦
芳村真理

ー出演順ー
ブルーコメッツ
オックス
ザ・テンプターズ
ザ・ワイルドワンズ
ヴィレッジシンガーズ
ジャガーズ
ザ・タイガース
バニーズ
ザ・カーナビーツ
ザ・スパイダース
パープルシャドーズ
ザ・ゴールデンカップス

2013年11月24日日曜日

1958年の11月下旬名古屋発22時35分の上りで東京へということだが時刻表には載っていない。

大須観音の近くの乾物屋
名古屋市東区代官町レストランザンビ
ジミー竹内
渡辺晋
宮川泰

60年前になります。






2013年10月19日土曜日

サザエさん音楽大全

一時は発売中止ということでまた権利問題かな?とおもいつつまあ気長にアナログ盤がでたらと諦めていましたがついに発売になるようです。4曲コンパクト盤のものはCDになっていましたがその他の火曜サザエさんBGMは初物で12月まで生きる望みができました。
そういえばCDシングル及びエイケンのHPさえサザエさんの画像が使われていませんでしたが
ユニバーサルのHPにはでかでかといろいろあったんですかね。
あれそういえば技術の東芝じゃない?もともと東芝1社提供で2000年くらいになにかいろいろ
(いろいろ重なったのかな?変な革命とか・・・今日はおめでたいのでまた書きましょう。)あって
複数のスポンサーになって今では東芝レコードという存在が無くなってしまいました。

さて勝手な見解で坂本九、クレージー、ビートルズ、ベンチャーズで当てた東芝は
1966年11月21日、新スタジオを披露写真から見える限りでは3トラックのAMPEX、
2トラのAMPEX2台あとEMTのエコーマシン他でこのシステムがいつころまで使用されたか
わかりませんがサザエさん時代もまだ現用だったんでしょうか?
とにかく東芝は他のレコード会社と違い盤にしてもEVER CLEARなる赤盤といっても他社と違いただ赤いだけでなく帯電防止剤がはいっていたり、モノラルの録音を独自の方法でステレオにしたり、録音がオヤ?からすげえ・・までとにかく音楽が楽しいレーベルでした。東芝のことは又の機会に


とりあえずサザエさんは買いましょう。東芝の音の良さ、サスティーンのないリズムギター
ダブリング+1人ハーモニー主題歌だけでも綺麗な音の音楽として持っておいたほうが良いです。

こんだけ腐敗しているんでオリコン1位とかも週によっては夢ではないくらい売れるのでは・・・


http://www.universal-music.co.jp/sazaesan/