ラベル 放送史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 放送史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年5月16日日曜日

てなもんや三度笠



てなもんや三度笠、花王名人劇場あとズームイン等の東阪企画の澤田隆治氏がお亡くなりになりました。少し前に連絡が取れなくなり病院に入っているので心配するなとのことでしたが

残念です。

ご冥福をお祈りいたします。


2020年12月12日土曜日

小松政夫様がお亡くなりになりました。


作:河野洋、音楽:斉藤太郎、クレージーの犬塚弘、そして小松政夫そりゃあみておかないと、というわけでうちの若者連れて見に行きました。
めんどくさい私も当時を知らない若者も満足して帰ってその後何年かして東京で再演したのを終わった後に聞いて悔みましたが・・
 あと伊東四郎と小松政夫のコンビのコントが70年代後半に沢山の番組がありましたので
どれがどれだか記憶が定かではないのですが、ナベプロ番組のみごろたべごろの電線音頭、あと11PM、今夜は最高のタモリとの宴会芸これも絶品でした。
ご冥福をお祈りします。
今年は年号が変わったくらい変化がありました。

天国のシャボン玉ホリデーいろいろ考え深いものがあります。

2020年4月3日金曜日

2018年11月27日火曜日

九ちゃん、ゲバゲバ90分、シャボン玉ホリデー等日本テレビバラエティ他の
音楽を担当された前田憲男氏がお亡くなりになりました。
最近まで精力的にコンサートをなされていたようで残念です。
題名のない音楽会で黛氏が”この三人が乗った飛行機が落ちたら日本の音楽は
とんでもない状況(省略)・・・になる”と紹介していた2人が亡くなってしまったのは
さびしいことです

2018年7月26日木曜日

キネコ再生用16mm映写機

https://oysrecords.blogspot.jp/2015/04/elmo-sp-cdsv-11.html
多量のキネコが持ち込まれて内容の確認をと思っていた矢先に光学トラック用のエキサイターランプが切れた。調べるとスペアが安易に手に入りそうもない状況のようだ
某オクで状況のわからないランプを購入するのもなにか気が引ける。

 あと前からやらなければいけないと思っていたのだが、光学トラックのハムが気になるので平滑コンデンサーを増やす手もあるのだが電源投入時にトランス等他に負荷がかかるのはイヤなので小型のスイッチングモジュールで平滑化・・と考えていたが映写機益咲いたーランプ電源はブリッジダイオードと3300μF×2と巻線抵抗で直流を作っているもので4Vが出てくる仕様らしいのだが4Vから4Vは厳しい。

適当な平滑に使えそうなスイッチングモジュールが見つからずに挫折。

とりあえずフィルムのチェックから。TV局の噛んでる?フィルムは(リバーサルフィルムあるいはGPL録画機等(電気的に反転させれば価格の安い普通のフィルムが使えた・・という話を聞いた記憶がありますが・・後で確認します。)ネガの状況で見たことが無く
このフィルムは35mmカメラのように白と黒が反転していた。
 まあとりあえず今思いつくことはPCでも反転処理ができるし、アナログで回路組んでも
そんなに手間はかからない。
簡易的なテレシネで絵だけ取り込んだが解像度が低すぎて反転してみても詳細が
良くわからない。奥にうずもれているテレシネ機を作業所をふさいでいるフィルムを
退けて作業するしかないです。

ウェスタンカーニバルの映像ばりのライブステージから

引きづり降ろされようなシーンがあったりするが時代的にはボーカルなさそうなので
The Ventures,エレキバンド時代のステージだろうか?尺が長いので数本確認して終了。



そういえば大容量コンデンサーが製品化される以前の
エキサイターランプは直流点火ではなく真空管で可聴帯域外の周波数を発信させてそれで
ドライブしていたようだ。これならハムは出ない。まあスイッチング電源も同じような
原理のようだ。最近の案件でRCA製の日本で放送が始まる以前のテレビの回路をずっと眺めているが、真空管が22球あったものが、実用になるか分からないが13球で複合管、セレン、ダイオード等の製品化と回路の工夫で部品点数が減っていく様がみられます。
(技術誌で10球でテレビを・・みたいな企画があったりしました。こういう思いつかない企画は(コンデンサーマイクをアルミの棒を削るところから始める等)毎号楽しみでした。)

2018年7月20日金曜日

常田富士夫氏がお亡くなりになりました。

ゲバゲバのオープニングで池に落ちるシーンは素晴らしいです。
カリキュラマシーン、ゲバゲバはDVDになっているのでご購入をお勧めです。




故藤村俊二氏も故常田富士夫氏もバラエティ(他分野の専門家がコメディをやる等、決して今のテレビではない)に対応できた方々でした。
ご冥福をお祈りします。

2017年11月5日日曜日

テレビ愛知さんのお誘いでパルコに”おとなの秘密基地展”をみにいってきました。
ミニチュアのドラムを作っていた人に話しを少しお聞きしましたが、考え深いことがいろいろありました。12月3日までやっているようなので是非!
(わしが回路図等が手に入らなかった時代ギターアンプ等全機種買っていちいち回路図拾っていたころが恥ずかしく思いました。)
その後水森亜土氏の全盛時のビデオが無いかと聞かれたがそのとき記憶が無いと返事をし
夜倉庫を調べたら1本出てきた。そのときに1974年の音楽番組も見つけた。左とん平のヘイ・ユウ・ブルースの画が有ったのは少しビックリでした。(そんなに売れた曲とは思っていなかったものでTVで歌ったとは思いもしませんでした。)

2016年7月13日水曜日

永六輔氏 83歳 お亡くなりになりました。 (夢であいましょう 補完分)

夢であいましょう  スタッフとともに
解るところで、下の段左から写真で永六輔氏、3番目EHエリック氏、渥美清氏、中島弘子氏、黒柳徹子氏、あと右写真で中村八大氏

夢であいましょう
左からディレクターの末盛憲彦氏、永六輔氏、中村八大氏

夢であいましょうリハ中の永六輔氏



2016年7月11日月曜日

ザ・ピーナッツの伊藤ユミさん死去 75歳

幕の裏からの映像でビデオが終わります。

後に放送作家の塚田茂氏が製本されて配布された台本です。

2014年12月24日水曜日

今もやっているかどうかわからないが1975年のゆく年くる年が見たくなってやっと探し出した。
この年は蒸気機関車がなくなるということで?(ほんとかよ)機関車を並べての生放送で
汽笛とオケで蛍の光を演奏するという今の連中じゃ思いつかないような凄い企画。
ちなみに指揮は山本直純氏
当然こういうのは日本テレビ製作で前のテレビのツリーと同じように違う感覚をくすぐるところ
が非常ににくい。
72年くらいからUマチックで紅白を録っていたという話を良く聞くが、全部録ろうとすると
歌を切らないように歌と歌の間にテープを交換するので1時間のテープが3本必要となる。
貨幣の価値は置いておいてもSONYのCVもUマチックも1時間定価が1万円。
まだ一般に普及する前夜です。次の年の紅白からベータが使える時代でした。






2014年10月2日木曜日

サザエさんといえば・・・1969年の10月開始で1年前にも書きましたが調べたので少し追加します。
4日にドリフの8時だよ!全員集合、5日にサザエさん、ムーミンた、6日に巨泉前武ゲバゲバ90分が開始しました。
今週は45年ということで一味違うようですが・・今まで西崎ものでワンサくん、メーテルリンクの青い鳥どちらとも今のとは比べ物にならないほど音楽に力が入っていましたが、残念ながらそういう面で
評価されることが少なく本当に残念でしたが・・・ちなみにどちらも音楽は宮川泰で両作品とも
本人が歌うところがあります。
 昔は唄と絵を合わせるのは作業が大変で(”けんじゃく”どういう字かわかりませんが大雑把なフィルムの駒を数えてそこからテンポ、タイミングを割り出しそれに合わせて譜面を書くと)
私は1回で嫌になりましたが・・
まあ今だとデジタルなんでそんなことは無いと思いますが・・
どっちにしろそういうアニメは久しぶりなので楽しみではあります。

2014年9月15日月曜日

井原高忠さんが死去

学生ウェスタンバンド(といっても売れに売れていて新東宝の映画にもでていました。)
”チャックワゴンボーイズ”のベースマンから卒業後日本テレビに入り”音楽班”で
ざっと調べて記録にあるだけで
昭和31年10月14日サンデーミュージック
昭和32年5月4日”ペトリヒットアルバム、5月5日”ナンバーワンショー”
(昭和32年10月24日”ペトリミュージックパラダイス”秋元氏の名前が・・)
そのなかで昭和31年5月10日”僕と私のファッション”司会:井原高忠の名前が
作家が出るのはよくありますがディレクターが・・と思いましたがその後にカリキュラマシーンで
齋藤太郎氏の件もありますので適材適所ですかね。

(表面上ゲバゲバの白黒VTR(CV)は局で見つけられたということになっていますが本人が保有していたものっぽいです。小林信彦の書籍でもVTR保有を確認しています。前に乗っけたゲバゲバのVTRを三木とりろうとみている写真を載せましたがその時のCV2000も本人の可能性が・・)
24時間テレビ以後テレビを(表面上)引退してしまったのですがテレビバラエティの神様が本当に
居なくなったというのは辛いところです。

この2枚のLPはバンド仲間ということでジャケの絵を描かれています。

そうだよ渡辺プロダクションのピーナッツの名づけ親でもあったんだよなあ。
いろいろあるんですがあまりにも急で何かいたら良いのか・・・
それにしてもポータルサイトから一瞬でトップから消えたり
すんのはどうかと・・これが現状ですかね・・・

残念ながら後の匂いしか嗅げなかった世代のため想像しかないのですが・・
こうあるべきというのが最近のすべての作品に無いようなのが気にかかります。
ゲバゲバ90分の第一期の最終回でディレクターが𠮟っているスケッチ(DVDに収録されています。)がありますが今ではそういうことのできる人を見ません。
全く。

九ちゃん、イチニのキュウ、スタジオNO1ダンサーズ(初のテレビ局お抱えのダンスチーム)
沈没期(九ちゃんが始まる前)他局のバラエティを手伝っていた説も・・



シングルが見つからなかったのでコンパクト盤で
”結構だね音頭”作曲編曲が宮本武蔵となっておりますがこれは氏のものでは・・・
大当たりしてレコードがなくなるまでカタログから消えなかったジェンカのB面は作曲:斉藤太郎
となると・ふぁんたじーの世界の話ですけどね
ちなみに渡辺プロの社長も池すすむ名義で詩を書かれています。

2014年5月21日水曜日

シバデンテレビ録画車


1962年夏 車載用2インチレコーダー2台搭載した録画車がNHKで使用開始されました。
        従来まで中継場所より放送局までマイクロ波で送っていたのがこの録画車を
        使用すれば現場で直で録画が出来ます。
        ちなみに録画は2台で並列で録画するのが習慣だそうです。

型番忘れましたがトランジスタ化したものだと思います。
ちなみにそれ以前は中継だとバス3台くらいの機材が必要だったと聞いています。



2014年5月6日火曜日

カラーTV放送の黎明期はNTVが積極的に取り組み1965年5月は週15時間でちなみに他局は週0分、30分と東京でその調子なので完全なカラー化までまだ時間が必要なのだが・
テレビ受像機は1960年50万円から1965年20万を切るくらいの(白黒だと5万くらい)価格まで下がるが平均所得から考えるとまだまだ一般では手に出ないのでカラー番組でも白黒で(NTSCはどちらの受信機でも見れる仕組みなので・・)見ていた家庭がほとんどだと思います。
 このころに白黒のVTRが市場に出回りますが当時はまだ高価なのと一般家庭には必要性が
見えないということで業務、教育用として普及しました。その後に画質と取り扱い安いUマチックがでましたが何分高価で定価40万くらい・・テープがまだ1時間1万円でまだ高価で電気屋で並べて売れるものではなくてVictorはこれを売るためにでこれを芸能人の家まで出張して売った話がVHSの歴史の小説(名前忘れました。プロジェクトXとあと西田としゆきの映画になっています。そこで4800型リールビデオとか出ていたような・・)残っています。家庭用には取り扱いが安価で取り扱いが簡単なカセットVTRが出るのを待たなければいけませんが・・・



今日のおかず:徹子の部屋・・・鳥山明

2014年4月8日火曜日




タイトル忘れました。

・LPタモリ3の映像化で41年タモリ歴(80年代後半フジテレビ放映)
・ステージ101(夢であいましょうの末盛憲彦番組)こういう要素は今消えてしまいました。
  
ちなみにタモリ歴はシャボン玉、九ちゃん、ゲバゲバの構成作家の河野洋
 ビートルズ日本公演の来日公演も同氏です。この周辺のスタッフの作ったもの見ればハズレ無し です。
 でもテレビは記録に残らないので映画みたいにスタッフが評価される場が少なくて残念です。

2014年3月8日土曜日

シバデン(芝電気株式会社)ビデオテープ編集機

需要はほとんど無かったのでないかと思われるが2インチのビデオ編集はオーディオテープのように手切りで編集をしていた時代があったと聞くが高価なテープにはさみを入れるのは実際に出来たかどうかは謎ですが・・・
 実際に切る場合鉄粉かけて(3Mの磁気が見えるレンズ説もある)浮き出た磁気パターンを顕微鏡でみて切る。という話を聞いたことがあるが当然約2ミクロン単位の作業はそんなうまくいくはずも無い。運良く?つながったとしても(信号のつじつまが)予定した編集点で切れるかつなげるかは
なんともいえない。そこでこれ。
コントロールヘッド(固定だと読めないので回転ヘッドになっているらしい)で編集用パルスを読んで位置決めしてくれて切ってくれるそうで・・・でもつなぐのは手動でしょうね。やはりまだ技術が必要です。
(統一方VTRの教科書?も編集は手切り(でもヘリカルスキャンなのでかなり斜めに長く切るのは不可能)でオーディオ用のノリで切れと書いてありました。当然数秒編集点は画面に前のコマと次のコマの間のノイズが盛大に出ますが(下手すれば画面流れる。もっと下手だとヘッドが飛びます。飛んだら修理代は当時でも結構な金額が・・)教科書では気にするなだそうです。

つなぎ撮りとか民生機ではテープを編集点よりすこし巻き戻しておいてドラムサーボをソースでかけといてスタート時に戻した分助走しといて録画にきりかえて乱れの無いつなぎ目をAKAIの1/4VTR
に採用したのが最初でしょうか・・・SONYでもSL-J7でもつながりませんでしたし・・VHSはフロントローディングのステレオビデオだとそれがあったのですがその前はどうでしょうか?
また調べます。

2014年2月10日月曜日

日本テレビ開局時よりの放送設備

創業時

送信機とアンテナ 20万ドル

  送信機
   RCA-TT10-AH
   10KW空冷式

   最新式の空冷式のRCA2号機

  アンテナ
    12段スーパーターンスタイルアンテナ

送信機、送信アンテナ 20万ドル
    
   送信機 RCA-TT10-AH 10KW空冷式送信機、RCA社の第二号機
   送信アンテナ 12段スーパーターンアンテナ

スタジオ設備 30万ドル

  イメージオルシコンカメラ 5台 RCA製 TK-31

  中継車
    フォード製
    中継用トレーラー電源 10kw 120V 60Hz

 

スタジオ用同期信号発生装置 TG-1A
 中継用同期信号発生装置   TG-10A
 フィルムカメラ           TK-20C,TK-20D
 安定化映像増幅器        TA-5D,TA-1A
 スタジオ用映像切替え装置   TS-10A
  中継用映像切替え装置     TS-30B
 中継用マイクロウェーブ送受信機 TR-1B.TRR-1B
 中継用マイクロウェーブ音声副搬送装置 FTL-38A
 同期結合装置           TG-45

1957年 2月3日カラーフィルムカメラカラー調整と研究
      3月末 カラー実験放送?
      4月18日カラー放送実験局予備免許申請
            8月  白黒カメラRCA5台に東芝製を加えて合計18台
      12月26日カラー実験局予備免許獲得
          27日実験放送 USIS映画「現代のカーボーイ」他を放送

1958年  4月10日カラーテレビ実用化試験局開設申請
       5月11日「光子の窓」放送開始
       5月16日「7色のメロディー」、「もぐらのアバンチュール」製作開始
       7月14日 「7色のメロディー」、「もぐらのアバンチュール」放送?
       9月12日 イメージオルシコンカラーカメラ RCA TK-41導入
      10月15日 16:40 「もぐらのアバンチュール」放送
              ※ANIMAXで2013年7月放送
      12月18日AMPEX VR-1000 白黒VTR購入
             実験放送開始?
          31日東芝製カメラ3台増設で合計24台
1959年 1月24日カラー中継車完成
      3月 カラーカメラ2台追加
      9月 クロマキー導入
      10月23日 RCA製カラーVTR(TRT RCAでの名称)
              TTR-1到着(TRT-Aが正しいと思われる)
      12月3日 カラーでNBC製作の「ペリーコモショー」放送
      12月25日 植竹郵政相、日本はNTSC採用を言明。
1960年 4月25日 RCA TTRー2号機到着(TRT-Aが正しいと思われる)
      8月 カラーカメラ3台追加
      9月2日 カラーテレビ放送本免許
        10日 カラー本放送開始
1961年  6月9日「シャボン玉ホリデー」放送開始
1962年 6月10日マイクロ回線東京から大阪間のカラーテレビ中継開始
1963年 3月5日ハワイのKOWAテレビとネットワーク協定「シャボン玉ホリデー、
      ビクター歌のパレード」毎週提供
音声

 マイク

 RCA 77DX BK-5(でかい58の風防がついていて上からぶら下がっているの)両方とも
      リボンマイク
 SONY C-37,C-38A,B
 ノイマン M-49、KM-56
 
 ミキサー RCA製3chミキサー他
       1964年シバデン製16chステレオミキサー(生田スタジオ)


2014年2月9日日曜日

プリモといえばマイクと昔は刷り込まれたが、今日うちのエンジニアに聞かれるまで
外国製マイクが沢山入ってくる昨今マイクの選択肢からいつの間にか外れてしまいました。
今どうなっているかとりあえずこういうのはネットで・・・
今流行のアイホン(株)のエレクレットコンデンサマイク作ってる・・かな?

アイフォンは昔からインターフォンです。

UB-802は何かに似ていて良いな。
UB-803はアメリカ、イギリスの50~60年代のTVショーで似たものを
良く見たような気が・・




おぼえがき

1967年4月日本テレビ現地収録(VTR)開始
 RCA TR-5 2インチ4ヘッド
(RCAはAMPEX4ヘッドをカラー化したものTTR(VTRではなくてテレビジョンテープレコーダーの略なんでカラーかと思うのだがこの機械は違うようです。)ダイアグラムを見るかぎり白黒用)、


VICTOR KV-600 1インチ2ヘッドVTR(白黒)
まだTBCが無いころのヘリカルスキャン型なので補助用として使われたのではないかと


1968年現地収録にカラーVTR開始
1959年1月24日カラー中継車完成スタジオからの歌謡番組の中継
4月14日プロボクシングの初カラー中継
196012月20日放送井原番組カラーミュージカル「光子の窓 イグアノドンの卵」放送
1962年106号カラー中継車完成(日野BD15P型)
東芝 IK-33 カラーカメラ
IK-44  白黒?
1964年から1965年
東芝 IK-35 カラーカメラ(カラーとしては満足できる性能ではなかった。)
となっているが聞いた話ではRCAのTK-41の話はよく出てくるのだが
(巨大なので印象深く記憶に残っているのかそれとも製作者の番組に対する思い入れの濃い時期のためか・・)他の機器の話はあまり無いのと現存する写真などがTK-41が多いためか?
追加:1967年2月放送スターロータリーでシャボン玉ホリデーの収録現場で
TK-41(ズームレンズ無し)確認
シバデン製カラーカメラ(カバー機(コピー機)かも)にそっくりなのがNHKの記録で見たことがあるような気が・・
肝心なときはTK-41?そういやゲバゲバの現存するカラー映像で野球中継スケッチで
写っていたのはこれでゲバゲバは1969年なので使用期間は長かったかもしれない。

1967年 AMPEXハイバンドVTR VR-2000?1号機納品

1967年6月5日モノクロVTR車稼動

1968年11月9日カラーVTR車稼動
この状況からすると中継録画不可なので1966年6月の末のイベントは武道館からFPUで
送って本社RCAのTRT[-1もしくはAMPEXカラー機?(まだハイバンドVTRは無いはず。)で録画かな?



2014年2月3日月曜日

来週放送分が永井一郎バージョンのストックが最後らしいです。
フジテレビのスローガン”母と子のテレビ”(記憶違いはとファンタジーかもしれませんが許してください。日本テレビ、TBSに遅れて始まった局なので他局との違いを出していかないと残れませんので)ということで他局に対抗するためにアニメ攻撃ということで日曜の夜の18:00からタツノコプロのハクション大魔王(そうだよこれも1969年10月5日前にも書きましたがこの月は後々残る番組が多々・・濃すぎます。)でその次サザえさんで19:00からバレーマンガのアタックNo.1、で
カルピス子供劇場がムーミン(テレビ版はキテレツの声の人のが歌ってますが、レコードは、松島みのり(ミートくんの声)、あと玉川さきこ(子役?後に声優)などカバーが沢山出ていましたがレコード対象はビクターの玉川さきこが章を戴いた様相が現存しています。で後にハイジとかハウス劇場に変わりいろいろ続きました。)若い子にいっても理解できないくらい強力でチャンネルを替える事は無いでしょう。ちなみに裏は18:00からまたまた強力な澤田隆二のてなもんや三度笠は半年前に終わっていて、その次回作は良く分かりません。で、18:30からはバラエティの金字塔シャボン玉ホリデー・・あーあー。その後は歴史です。
 ちなみにフジテレビの裏に日本テレビ版ドラえもんがいた時代がありませんがフジテレビはマジンガーでチャンネル替えさせないラインナップが80年中盤まで続いたと思ってましたが。今思い出しました!そういえばキテレツ、両さんと続いたんで2000年越えしてました。まあ長く続いたもんだと。

新横浜駅は通勤駅?なのですが快速が行っても普通が行っても駅の待合席?に人が張り付いていてじっくり見る機会がありませんでした。どう見ても70年代のラインナップにしか見えません。

 

2014年1月1日水曜日

'68ベストグループサウンズ



放送 1968年12月31日 19:00~20:56 フジテレビ

日本劇場よりカラー生中継

<コント>

ザ・ドリフターズ
コント55号

<司会>
なべおさみ
小松政夫

<スタジオ>
星加ルミ子
山内賢
前田武彦
芳村真理

ー出演順ー
ブルーコメッツ
オックス
ザ・テンプターズ
ザ・ワイルドワンズ
ヴィレッジシンガーズ
ジャガーズ
ザ・タイガース
バニーズ
ザ・カーナビーツ
ザ・スパイダース
パープルシャドーズ
ザ・ゴールデンカップス