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2015年4月12日日曜日

TV アニメ美味しんぼ 第069話で声当てている落語家の役とリアルな現実が見てて考えさせられます。
先代の林家三平氏の凄さの一片は前に紹介した山本直純の”オーケストラがやってきた”のDVDの一分間指揮者
のコーナーに収録されているが存在だけで周囲の空気が変わっている様子が確認できる。
最近の落語にしても様式美だけではなくもう少しどうにかならないものですかね。


踊って歌って大合戦がビデオに音声のみ収録されていた。勢いすごさ面白さのかけらだけでも味わうことができるので
見ておいたほうが良いです。
CDのほうにテイチクから出たのは収録されずに残念。レコード音源ではないと思うのですがザ・ピーナッツとのふりむかないででも収録されているので気になる方はご確認を。
ビデオのライナーにフジテレビの横澤氏の寄稿があり。そこから転載。
落語界では人気沸騰、客を呼べる落語家になることを<<化ける>>という。
またキャラクターに面白味があることを<<ふら>>があるという。林家三平は、さしずめ<<大化け>>で<<大ふら>>の不世話の落語家と言えるだろう。いや落語家という垣根を飛び越えた大エンターティナーと呼んだほうがぴったりする。
山本直純で思い出しましたが娘の泰葉はタモリの今夜は最高の永六輔の回、山本直純の回(2本録りで永六輔の回は山本直純が友情笑い声?で出演、山本直純の回はオーケストラの中のホルンの役で)にホストで出ていて気の効いた受け応えで弟2人を超えているなあ・・・カッコいい音楽できて気が効くんだから父親以上に・・と期待したものです。

三平師匠の家にシバデンのVTRがあったのでもっと油がノリまくっている芸が残っていたら見たいものです。

別件でいろいろ調べている中で1969年7月21日のアポロ計画の番組で山本直純氏が宇宙服を着たスチルを見つけた。

2014年5月21日水曜日

シバデンテレビ録画車


1962年夏 車載用2インチレコーダー2台搭載した録画車がNHKで使用開始されました。
        従来まで中継場所より放送局までマイクロ波で送っていたのがこの録画車を
        使用すれば現場で直で録画が出来ます。
        ちなみに録画は2台で並列で録画するのが習慣だそうです。

型番忘れましたがトランジスタ化したものだと思います。
ちなみにそれ以前は中継だとバス3台くらいの機材が必要だったと聞いています。



2014年5月6日火曜日

電子工学院

73年くらいの日本電子工学院の学校案内で
ディスプレイ付きの奥3台と手前の左一台
芝電(SHIBADEN) 1/2インチ 7号リール60分白黒のVTR(SV-700)
手前の右から2台
SHIBADEN 1インチ 10号リールで90分録画可能のカラーVTR(SV-727)
教育関係では地域の政治?関係か分からないが学校放送機器とかはメインがナショナル製
当然VTRもナショナルだったりあと体育館とかはTOAで統一されていたり。
で地域が変わるとSONY機で統一という地区もあったりなのだが
民生用?でシバデンはあまり見かけないし芸能関係でも林家三平氏が保有していたくらいしか
話は聞かない。NHKには東京オリンピックの時代にはかなりのシバデン製アンペックス互換機が
多数入っていた話は聞くがその流れ?で導入されたのだろうか?

予告編を楽しみにしているアニメで今回は2代目のび太で10年ぶりだろか・・と思ったが
早送りで実写ヤッターマンのすし屋のシーンで顔出ししているのを聞いた以来かな?

2014年3月8日土曜日

シバデン(芝電気株式会社)ビデオテープ編集機

需要はほとんど無かったのでないかと思われるが2インチのビデオ編集はオーディオテープのように手切りで編集をしていた時代があったと聞くが高価なテープにはさみを入れるのは実際に出来たかどうかは謎ですが・・・
 実際に切る場合鉄粉かけて(3Mの磁気が見えるレンズ説もある)浮き出た磁気パターンを顕微鏡でみて切る。という話を聞いたことがあるが当然約2ミクロン単位の作業はそんなうまくいくはずも無い。運良く?つながったとしても(信号のつじつまが)予定した編集点で切れるかつなげるかは
なんともいえない。そこでこれ。
コントロールヘッド(固定だと読めないので回転ヘッドになっているらしい)で編集用パルスを読んで位置決めしてくれて切ってくれるそうで・・・でもつなぐのは手動でしょうね。やはりまだ技術が必要です。
(統一方VTRの教科書?も編集は手切り(でもヘリカルスキャンなのでかなり斜めに長く切るのは不可能)でオーディオ用のノリで切れと書いてありました。当然数秒編集点は画面に前のコマと次のコマの間のノイズが盛大に出ますが(下手すれば画面流れる。もっと下手だとヘッドが飛びます。飛んだら修理代は当時でも結構な金額が・・)教科書では気にするなだそうです。

つなぎ撮りとか民生機ではテープを編集点よりすこし巻き戻しておいてドラムサーボをソースでかけといてスタート時に戻した分助走しといて録画にきりかえて乱れの無いつなぎ目をAKAIの1/4VTR
に採用したのが最初でしょうか・・・SONYでもSL-J7でもつながりませんでしたし・・VHSはフロントローディングのステレオビデオだとそれがあったのですがその前はどうでしょうか?
また調べます。

2014年2月9日日曜日

プリモといえばマイクと昔は刷り込まれたが、今日うちのエンジニアに聞かれるまで
外国製マイクが沢山入ってくる昨今マイクの選択肢からいつの間にか外れてしまいました。
今どうなっているかとりあえずこういうのはネットで・・・
今流行のアイホン(株)のエレクレットコンデンサマイク作ってる・・かな?

アイフォンは昔からインターフォンです。

UB-802は何かに似ていて良いな。
UB-803はアメリカ、イギリスの50~60年代のTVショーで似たものを
良く見たような気が・・




おぼえがき

1967年4月日本テレビ現地収録(VTR)開始
 RCA TR-5 2インチ4ヘッド
(RCAはAMPEX4ヘッドをカラー化したものTTR(VTRではなくてテレビジョンテープレコーダーの略なんでカラーかと思うのだがこの機械は違うようです。)ダイアグラムを見るかぎり白黒用)、


VICTOR KV-600 1インチ2ヘッドVTR(白黒)
まだTBCが無いころのヘリカルスキャン型なので補助用として使われたのではないかと


1968年現地収録にカラーVTR開始
1959年1月24日カラー中継車完成スタジオからの歌謡番組の中継
4月14日プロボクシングの初カラー中継
196012月20日放送井原番組カラーミュージカル「光子の窓 イグアノドンの卵」放送
1962年106号カラー中継車完成(日野BD15P型)
東芝 IK-33 カラーカメラ
IK-44  白黒?
1964年から1965年
東芝 IK-35 カラーカメラ(カラーとしては満足できる性能ではなかった。)
となっているが聞いた話ではRCAのTK-41の話はよく出てくるのだが
(巨大なので印象深く記憶に残っているのかそれとも製作者の番組に対する思い入れの濃い時期のためか・・)他の機器の話はあまり無いのと現存する写真などがTK-41が多いためか?
追加:1967年2月放送スターロータリーでシャボン玉ホリデーの収録現場で
TK-41(ズームレンズ無し)確認
シバデン製カラーカメラ(カバー機(コピー機)かも)にそっくりなのがNHKの記録で見たことがあるような気が・・
肝心なときはTK-41?そういやゲバゲバの現存するカラー映像で野球中継スケッチで
写っていたのはこれでゲバゲバは1969年なので使用期間は長かったかもしれない。

1967年 AMPEXハイバンドVTR VR-2000?1号機納品

1967年6月5日モノクロVTR車稼動

1968年11月9日カラーVTR車稼動
この状況からすると中継録画不可なので1966年6月の末のイベントは武道館からFPUで
送って本社RCAのTRT[-1もしくはAMPEXカラー機?(まだハイバンドVTRは無いはず。)で録画かな?



2013年11月27日水曜日

SHIBADEN SV-1000 固定ヘッド型VTR

1965年 SONYのCV2000が発売されたころでしょうか?1/4インチの普通のオーディオテープを
秒1.5mで走らせて1,5M位の帯域の録画ができ、7号リールで約20分録画及び19cmで走らせればステレオデッキとし使用できるビデオとして発表されましたが商品化されたかはわかりませんが約9万で発売となっていますが、この機器は3モーターとなっておりオーディオデッキとしても安いのですがアップの中尾ミエの絵があるのですが画質は静止画ながら荒いようです。
CVでも確かにロングだと辛いところですが・・
確か同時期にAKAIも同年に固定ヘッドVTR開発発表をしているのですが
商品化はされたという記録は見つかりませんが1/4インチで回転ヘッドながらステレオデッキとして使用できるモデルを1969年に発売しています。
その後も固定ヘッドVTRは1979年のエレショーとかで東芝が研究発表見たいのがありましたが
後の展開は見えませんでした。忘れたころ1980年の中盤におもちゃでコンパクトカセットに
白黒のカセットに録画できるおもちゃが出ていたのを見たのが固定ヘッドVTRの最後でした。