2014年2月27日木曜日

バカボンパパ41歳で嫁32歳

石油買ったらなんか輸出しないといかんじゃないかな?
内需がどうとか内向きじゃあこの先石油買えなくなるよ。
石油を100歩譲ったとして
食料も70%輸入だろうしこれも買わなきゃ・・・
自分(みんなが)欲しくなるものを石油加工(食料も含むそうだよ近郊の海外は日本の菓子とかアイスとかそのまんまうっていることが多いな(現地工場じゃなくて))するのが今までだったんだけど・・・

海外から石油と食料買ったら何で支払う?
(80年代石油買う以上に物売っていたんでその矛先が家庭用ビデオに向いて東芝のデッキが
米の国の人たちが叩きこわしていたニュースが記憶にあるが・・・良い状況を悪くするのは楽だが
悪い状況は簡単には良くならない。とんでもない10000000倍くらい苦労が必要だ)

2014年2月26日水曜日

SONY ビデオコーダー2000 CV-2000プロトタイプモデル?(プロトタイプ?なのだが市場に出回っているのを見たことがある)

1964年11月17日発表 1965年4月国内発売予定
定価 198,000円
2分の1インチ、テープスピード秒19cm 最大63分
専用カメラ 88,000円
12インチモニタ(チューナー付き)64,000円
従来のテレビを使用する場合改造費1万円
ここではいわずと知れた最初の家庭用で買えそうな(カラーテレビを買うくらいの負担度・・)価格
買えないよな。第一回東京オリンピック(2回がありそうなので)の直前の9月TBSは
シバデン製7624型VT3台増設で従来のAMPEXのVR-1000を2台にカラーアダプタ装備で白黒3台カラー2台で合計5台(それ以前は2台で運用1台カラーで1台白黒どうやって番組制作して流していたのかは不明)

 その時代の家庭用なので時期が早いといえば早い。でも早かったので後々の80年代の対米貿易の槍玉に挙げられるほどの商売になったのだと思います。
 失敗作としてベータがよく挙げられるが研究開発に何歩も先に行っていたSONYは前にも書きましたがそれなりの特許を抑えているとは思いますがそれを他社が使えばそれが収入になります。
反対に特許を抑えていない会社は払わないと製造できません。
当然お互いに欲しい特許を持っていればクロス特許(お互いに使用権を認めて支払いなしなんで
お互い研究し発展しでいいこと尽くし、でも音楽のクロス特許みたいのは無いですね。)でお互い幸せで業界が繁栄なんですが、実際のところSONY対VHSの特許使用料の問題は一度調べる機会があれば・・・もしかするとVHSが売れればSONYが潤う状況だったかも・・ 80年代の新聞一面のベータの苦しい広告はと考えると・・・





2014年2月25日火曜日

SONY PV-100ビデオコーダ

規格の記述があるものが見つかったので記録しておきます。
この時代TBSが深夜の放送に3時間録画できるVTRを使用して人減らしを行ったとのことで
間違いでした。
1966年9月に2ヘッドVTRを改良して2インチのテープ30分の分量に2時間40分
(秒38cmなので半分とすると19cmで1時間、9.5cmで2時間、4cm?で4時間・・その間かな?でもそれは無いと思います。)
録画できる機械を1967年末には深夜番組をCMや終了アナウンスまで一本化したテープで放送したそうです。
でもこれも間違いっぽいです。

この時期で目立つ機種といえばこれ!もし9.5cmくらいで回せばなんとかと思っていたのだがこの規格だととても3時間は無理!
でもこのスピードで7インチだとしても63分は少ないような気が・・・・・
もう少し調べます。


テープスピード 秒14.5cm()

NTSC方式(フルフィールド)
7インチリールで63分?8インチオリジナルリール説・・
(後日2時間記録で秒9.5cmという話を聞きました。これが信憑性が高そうです。7インチリールだとしてもこのスピードなら2時間ならつじつまが合います。)
水平解像度 約240本
映像S/N 42db以上
100V 3.5A
1962年8月発表
1963年8月より 販売価格 対米輸出価格12000ドルなので当時だと432万円
(日本で248万円?)
スロー再生可能、テープの使用量が従来の3分の1(2インチ4ヘッドに対し)が売り。

一度修理で見せてもらった事がありますが真空管が3本ささっていてモーターの裏側は見慣れたベータのSL-7300のACモーターあとSL-J7ビデオヘッドの上と同じ顔です。どうでもいいがヘッドが磨耗していて信号が出ていなかったのですが、まだ 当時手に入った統一型VTRのヘッドを移植したように記憶しているのですが・・・
今SONY関係の本には必ず書いてありますがこのデッキは新たな需要として航空機のエンターテイメントシステムとして使用されたと書いてあることが多いです。(放送局はAMPEX4ヘッド2インチ以外採用されないらしく)そこでは売れないので
需要のないところに新しい需要を見出すのが東通工だったと思います。今では当たり前の家庭でビデオを見る。1964年秋オリンピックのころ世界で始めてのSONYは家庭用VTR CV2000を発表しました。
そのときヘリカルスキャンを開発した会社のえらいさんが「テレビで放送したものを何に使うのかね?こんなもの売れないよ」と仰いましたが東通工はその需要を見出し先端にいる会社だったと思います。もう少し前のテープレコーダのとき需要がなくてオデン屋に販売して販売促進、テープレコーダの使いかた99(うるおぼえですので違う可能性大)で需要の開拓
その後もウォークマンですか。(スマートフォン見ながら歩くとか電話しながら歩くのは止めてくれ本とにそんなに重要なことしてねえだろ。ヘッドフォンも危険だよな最近密閉度の高いのとか)そういう生活スタイルの提唱・・そういうところだったからじゃないですかね?


ご飯食べながらおかずとして頂いたのでシミ満載

あぁ、「僕らのソニー」が死んでいく・・   わしの東通工はSL-HF1000Dが最後でした。ちなみにSONYタイマー非搭載で故障なしです。

といってもまあその思い入れがあるのは、わしみたいな老害世代のみだろうが
エントリーモデル(安いの)のテープレコーダーでも俺は違うという空気を放っていて
近づきがたい存在で、手に取れたときは匂いと同じく他の機器とは細かいところから
バカでも分かる良さがあって東通工なら・・というのがあった。
(1955年録音のアセテートベースのテープで他のメーカーはベースがカールしてリールにまいてある状況でくもの巣みたいで気持ち悪い状況・・当然全部破棄・・でも東通工のテープは今だに再生
でき音質も良好!ちなみにその前の紙ベースのテープも再生OKだけどテンション管理が適当なデッキじゃないとテープ切れるで注意が必要だけど)
会社の人間が書いた。”あぁ、「僕らのソニー」が死んでいく”・・と何処かに書いてあるのを見たが
10年くらい前でしたか”ブラウン管最高!ー”今後消えることは無い!なんていっていましたが。
AIWA手放したり(SONYの子会社だった時期がありました。)ナショナルがビクター手放したり
(昭和30年くらいにナショナルの子会社になりましたが最近売却・・)
それが信号だったのかもしれません。
でも一緒に老いるのはつらいなあ。

なんちゃってバイヤー時代に戴いたSONYのカタログです。




ついでにベータSL-HF900、リールVTR各種(40年選手多数)、コンデンサーマイクC-37、37P
C-38A,B(これは20本近くあった時代もありました。)C-48

あ!8mmのSL-800EV?8chの録音できるので900にそっくりなの、HIMDもこの辺もタイマー非搭載でした。

2014年2月24日月曜日

何故この機械にSONYのブランド名が?というのを良く知っている業種?とは違うところで見る事ががよくある(その機械が果たして何の機械かはいまだに不明)。初期に電気釜、電気座布団とかの話はよく出ているが、SONYの書籍を調べても続いていない製品群については触れていないので
良く分からないがたまたま出てきたもので車関係(ホンダと作った?発電機(製品になったかは不明)そういうのもあった。)で上からエンジンアナライザー、ドライブメーター、タコメーター、
エンジンスターター




最後のエンジンスターターはキーがONのときはエンジンが止まったら勝手にエンジンを
始動するという仕様のようだ。
私は最近までエンジンのかかりにくい車というのは当たり前で
一発でエンジンがかかる車が羨ましい?(今もかからないかも・・)
のですがこういうのはまだ黎明期のエンジンにつなぐのは危険かも・・
マニュアルでギアが入っていたら勝手に走ったりと・・どうでしょうかね?
でもこういうのが黎明期にあったおかげで?今リモコンのエンジンスターター
とか当たり前のようにあるのだと思います。当然その間の時間には
いろいろな問題が出てそれを解決して今があることと思います。
最近の日本のメーカーが勝手に走る車とか危険と便利が隣り合わせ見たいなのが
変な人たちの為に作れない状況になっているのではないかと心配です。
エンジンスターターもそうですが改良されて受け入れられる製品になるまで
会社側が頑張れるか(株主が賛同できるか)
反発されたらすぐに引っ込める。それなら出さないほうが・・・
残念ながら沢山の人間がいる会社の判断もなんの動力も持たない風見鶏的な場面を
見る事が多々ありますがどうしたものでしょうか?
この状況から新しい魅力のあるものが出てきますかね?

2014年2月20日木曜日

Awesomehpの除去

電話でブラウザーのトップページが改ざんされて困るとのこと
まあいつものように押してはいけないものを押したとかそんなのだと思うが
とりあえずブラウザーの設定でトップページが変更されたところを戻してあと検索も変わったらもどしてそれで様子みてといって忙しいので電話を切った。
 その後また電話で直らないとのことで一度見せてもらうことに・・・
 さてとりあえず意図して入れた記憶の無いソフト及び期限の切れたウィルスソフトが何重にも
入っているのでこれも全削除(本当にこういうのが多いです。)
その後ショートカットのプロパティーのリンク先にコマンド渡しでそこにアクセスしているようで
そこを削除で終わり。まあリンク消して新たにプログラムのディレクトリーからショートカット造ったほうが早いかな。
毎回1歩歩くことに地雷を踏みまくる人は必ずいますが、臭ったものは踏まないように・・といっても踏むのを売りにしている人は困ります。

 得体の知れない臭ったEXEは踏まないように。
 直しますよソフト、早くなりますよソフトも出所の確証が取れないものは不可
(ネット上の評価も信用してはいけない。あと出所が分かっても100%信じて任せると意図しないものを入れやがるのも多々どころかそれが当たり前になりつつあるので・・)
 あとスタート時に自動実行ファイルで変なのがあったり、ブラウザ上のプラグインもチェックしたほうが良いです。

2014年2月19日水曜日

いじわるじいさん大追跡 Here Comes the Grump

1970年初頭の新聞のラテ欄を調べていたのだが日本テレビで”いじわるじいさん大追跡”を
みつけた。ちょうどこのころに読売テレビ製作のアニメ意地悪ばあさんがあったのと声の出演で
永井一郎が・・・長谷川町子作品か?と思いきや海外のアニメでした。
 海外のアニメといえばCSでやっていますが残念ながら当時の異彩を放った日本版主題歌が
オリジナルに差し替えられていたり残念な場合が多いです。日本版主題歌も当時東芝、SONYから
出ていたものは復刻されたが他のものは残念ながら・・・
 本国では80年代中盤好き物の青年?当時の音源を集めて(無いものは再現)
テレビジョンズ・グレイテスト・ヒッツなるアルバムを出してそういうものとしては結構売れたような話があり当然それの日本版も出てたしか2枚組みでCDは5千円台でまだ田舎のレコード屋はCD売り場は無くて注文のみという状況でした。
で最後に”未来家族ジェットソン”が最初日本のNHKで放送されたときの主題歌が
今でも聞けるバージョンを日本的に?頑張ってカバーしたのが流されました。
(ボンゴのリズムが印象的)
 それをちゃんとした音で聞きたいなあ。

ドラ猫大将(TOP CAT)の立川談志、三遊亭 圓歌、谷幹一
最近の大人の事情のキャスティングとは違い文句なしで今見ても面白いし良いです。
あと作品は忘れたが南利明、由利徹
(元脱線トリオで八波むと志は残念ながら見る機会がないがどこか芸の記録がないかな・・)
名古屋弁と東北弁の悪役も逸品です。

エフェクターですが部品をとっかえひっかえやっていましたが真空管12AX7、オペアンプ5532、ゲルマ2SB54、OA90とりあえずこれで確定です。